![第1回 [A-2]|理念を人事に任せない経営 ─ “迎える姿勢”は誰の仕事か【迎える経営論|思想編(企業側視点)】](https://song-cs.com/wp-content/uploads/33996538_s.jpg)
多くの企業が、「理念は大事だ」と口にします。
一定の規模であれば経営理念やミッション・ビジョン・バリューを掲げていない会社の方が、今ではむしろ少数派かもしれません。
ところが現場を見ていくと、理念が実際の経営や組織運営の中で、十分に機能しているケースは決して多くありません。
採用は人事、定着も人事、研修も人事、組織文化も人事──。
いつの間にか、理念に関わることの多くが「人事の仕事」として切り分けられてしまっている会社も少なくないのが実情です。
その結果、理念はどうなるか。
壁に掲げられ、資料に書かれ、説明はされるものの、日々の判断や行動には使われない。
いわば「掲げられてはいるが、使われていない言葉」になってしまいます。
迎える経営の視点でこの状況を見ると、問題の本質は少し違って見えてきます。
それは「人事が悪い」という話ではありません。
むしろ、理念を任せてしまっている経営の構造そのものに、問い直す余地があるのではないでしょうか。
理念は、本来誰のためのものなのか。
なぜ理念が人事任せになると、採用や定着がうまくいかなくなるのか。
そして、迎える経営において、経営自身が担うべき理念の役割とは何なのか。
本記事では、制度論やきれいごとではなく、支援の現場で見てきたリアルをもとに、
理念と経営、そして「迎える姿勢」の関係を、改めて問い直していきます。
迎える経営論マトリクス
| 編 | テーマ | 主題 | 視点 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 企業側 | 働く側 | 支援側 | |||
| 思想編 | 「迎える経営」とは何か | 採用・関係性の哲学的出発点 | A | B | C |
| 信頼編 | 信じて差し出す経営 | 信頼の先行が組織文化を変える | D | E | F |
| 対話編 | わかり合う職場をつくる | 面談・1on1・心理的安全性 | G | H | I |
| 定着編 | 続く人、育つ文化 | 定着率向上とキャリアデザイン | J | K | L |
| 理念編 | 共感でつながる採用 | 理念採用・共感ベースの発信 | M | N | O |
| 実装編 | 「みえるシート」による循環設計 | 仕組み化・可視化・データ共有 | P | Q | R |
| 成長編 | 挑戦を迎え、共に学ぶ組織 | 若手育成・失敗の受容・共進化 | S | T | U |
| 未来編 | 人を中心にした経営のゆくえ | 人的資本経営の次フェーズを描く | V | W | X |
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本コンテンツ「迎える経営論」は、8つの編と3つの視点、あわせて24のグループに記事を分けて展開していきます。
記事No:A-2
① 思想編|「迎える経営」とは何か
主題:採用・関係性の哲学的出発点
企業側視点
なぜ理念は「人事の仕事」になってしまうのか
多くの企業で、理念は「大切なもの」として扱われています。
経営理念を掲げ、採用ページに載せ、会社説明会でも語られる。
それ自体は間違いではありません。
それでもなお、理念が現場で生きていない会社が多いのはなぜでしょうか。
その背景には、無意識のうちに作られている役割分担の構造があります。
理念が“人事のもの”になってしまう構造
一つは、
- 「理念=抽象的なもの」
- 「きれいごと」
という捉え方です。
理念は重要だが、日々の数字管理や意思決定とは距離がある。
そうした感覚があると、理念は自然と「専門部署」に委ねられていきます。
結果として、
- 経営は数字と戦略
- 人事は人と文化
という分業が出来上がります。
忙しい経営の現場では、どうしても優先順位がつきます。
- 売上
- 利益
- 資金繰り
- 競争環境への対応
目の前の判断に追われる中で、理念は
「あとで考えるもの」「時間があるときに扱うもの」
になりやすいのです。
こうして理念は、人事の仕事として整理されていきます。
- 採用基準に落とし込むのは人事
- 研修で説明するのも人事
- 評価制度に反映するのも人事
理念が“説明されるだけ”になってしまう落とし穴
しかし、この構造には大きな問題があります。
理念が「説明されるもの」にはなっても、「使われるもの」にならない。
理念が本当に力を持つのは、判断が割れる場面です。
- トラブルが起きたとき
- 成果が出ていない人をどう扱うか迷うとき
- ルール通りに進めるべきか、人として配慮すべきか悩むとき
こうした場面で理念が使われていなければ、現場はすぐに気づきます。
「理念はきれいな言葉だけれど、実際の判断には関係ない」
「結局は数字や都合が優先される」
そうした認識が広がると、理念は次第に“飾り”になっていきます。
- 掲げられてはいるが、行動には影響しない
- 語られてはいるが、判断には使われない
問題は人事ではなく「理念を誰が引き取っているか」
このとき、問題は人事にあるのでしょうか。
私はそうは思いません。
人事は与えられた役割の中で、理念を運用しようとしているだけです。
むしろ問われるべきなのは、
理念を誰が引き受けているのかという点です。
理念を説明する人と、
理念を使って決める人。
この二つが分かれた瞬間、理念は組織の中心から外れてしまいます。
理念は「迎える経営」の判断軸である
迎える経営の視点で見れば、理念とは
- 「この会社は、人とどんな関係を築きたいのか」
- 「どんな姿勢で人を迎え、育て、共に歩もうとしているのか」
を示す、最も重要な判断軸です。
それを人事に“任せる”ということは、
迎える姿勢そのものを、経営の仕事から外してしまっている
とも言えるのではないでしょうか。
最後の問い
ここで一度、立ち止まって考えてみてください。
理念を“説明する人”と、“決める人”は、本当に同じでしょうか。
理念を人事に任せた瞬間、採用は“迎えなくなる”
理念が人事の仕事として整理されると、次に影響を受けるのが採用です。
これは人事が悪いのではありません。
むしろ、人事が担う役割を考えれば自然な流れです。
人事主導の採用では、どうしても評価軸が明確で測りやすいものに寄っていきます。
- 条件
- これまでの経験やスキル
- 業務への適性や即戦力性
これらは採用において重要で、否定されるべきものではありません。
ただし、そこには一つ欠けやすい問いがあります。
「この人と、どんな関係性を築きたいのか」
迎える経営が問いかけるもの
条件やスキルは「できるかどうか」を測るもの。
適性は「合うかどうか」を判断する材料。
一方で、迎える経営が問いかけるのはもっと深い部分です。
- この会社は、どんな人を迎えたいのか
- その人と、どんな関係を築きたいのか
理念とは、
「この会社は、どんな人を、どんな姿勢で迎えたいか」を翻訳する装置です。
しかし理念に経営が関与しなくなると、採用現場では別の問いが前面に出てきます。
- この人は、うちに合うか
- この条件で長く続けてくれるか
- トラブルにならないか
こうして採用は、次第に「合う人を探す作業」になっていきます。
ミスマッチを避けるために慎重になり、
リスクを減らすために条件を厳しくする。
結果として起きるのは、
「迎える」ではなく「選ぶ」採用です。
迎える採用とは、本来どういうものか
迎える行為とは本来、
「来てくれた人に、どう関わっていくか」を考えることです。
しかし理念が採用の判断軸に入っていないと、
「どんな人なら問題が起きにくいか」
という発想が先に立ってしまいます。
その違いは、応募者にも確実に伝わります。
- 面接で交わされる言葉
- 質問の方向性
- 会社から語られる未来のイメージ
条件や業務説明は丁寧でも、
「あなたとどんな関係を築きたいのか」が見えてこない。
そんな採用は、応募者にとって“迎えられている”感覚を持ちにくいものです。
採用基準は誰の価値観を反映しているのか
もう一つ見落とされがちな点があります。
それは、採用基準そのものが誰の価値観を反映しているのかという問題です。
理念が経営の判断軸として使われていない場合、採用基準は、
- 人事の経験則
- 業界慣習
- 過去の成功体験
に依存しやすくなります。
それ自体が悪いわけではありませんが、
そこに「経営としてどう迎えたいか」という意思が乗らなければ、基準は次第に無難なものになります。
迎える経営が目指す採用
迎える経営が目指すのは、
「合う人を探すこと」ではなく、
「関係を築く覚悟を持って迎えること」です。
そのためには、理念が採用の現場に生きていなければなりません。
そして理念を生かす役割は、本来、経営の仕事です。
最後の問い
ここで、改めて問いを投げかけたいと思います。
その採用基準は、誰の価値観を反映していますか。
- 人事の判断でしょうか。
- 過去の成功体験でしょうか。
- それとも、経営としての「迎えたい姿勢」でしょうか。
理念は“語るもの”ではなく、“判断に使うもの”
理念が本当に力を持つのは、順調なときではありません。
トラブルが起きたとき。
評価が割れたとき。
失敗が起き、どう向き合うか迷うとき。
こうした場面こそ、理念が試される瞬間です。
平常時であれば、理念は誰でも語れます。
会社案内に書くこともできるし、朝礼で共有することもできる。
しかし、いざ判断が必要になったときに、
その理念が使われているかどうか。
そこに、理念が生きているかどうかの分かれ目があります。
理念が“判断基準”として働く会社と、働かない会社
たとえば、成果が出ていない社員がいるとします。
数字だけを見れば、厳しい判断を下すこともできるでしょう。
一方で、
- その人がどんな姿勢で仕事に向き合っているのか
- どこでつまずいているのか
- これからどんな成長の可能性があるのか
こうした要素をどう扱うかは、単なる制度の話ではありません。
そこには、「この会社は人とどう向き合うのか」という価値観が表れます。
理念が判断基準として機能している会社では、経営自身が理念を持ち出します。
- 「私たちの理念に照らすと、どう判断すべきか」
- 「この決断は、迎える姿勢に沿っているだろうか」
逆に理念が使われていない会社では、判断は別の基準で行われます。
- 過去の前例
- 短期的な数字
- 周囲への説明のしやすさ
その結果、理念は“あとから説明するための言葉”になってしまいます。
人事が語り、経営が使わない──このズレが文化を壊す
ここで重要なのは、
人事が理念を説明し、経営が理念を使わない状態では、文化は定着しないという点です。
人事がどれだけ丁寧に理念を伝えても、
最終判断の場面で理念が使われていなければ、現場はすぐに気づきます。
「理念はきれいだけれど、判断は別物だ」
そう感じた瞬間、理念は行動の指針ではなくなります。
迎える経営とは、理念を“守る”のではなく“使う”こと
迎える経営とは、理念を“守るもの”として扱う経営ではありません。
理念を“判断基準として先に差し出す”経営です。
つまり、
- 正解が見えない場面で
- 衝突が起きそうな場面で
- 簡単には決められない場面で
あえて理念に立ち戻る。
その姿勢を経営自身が示すこと。
それこそが、
「この会社は理念で人を迎えている」
という、何より強いメッセージになります。
理念は“語るため”ではなく、“判断を引き受けるため”にある
理念は、語るためにあるのではありません。
判断の責任を引き受けるためにあります。
そしてその判断を通じて、
人とどう向き合う会社なのかを行動で示していく。
それが迎える経営における理念の役割です。
最後の問い
ここで、少し立ち止まって考えてみてください。
- 最近の意思決定で、理念はどこに使われましたか。
- 評価の場面でしょうか。
- 採用の最終判断でしょうか。
- 失敗が起きたときの対応でしょうか。
もし思い当たる場面が少ないと感じたなら、
理念はまだ「語られるもの」に留まっているのかもしれません。
理念を経営の仕事に戻すと、何が変わるのか
理念を「人事の仕事」から「経営の仕事」に戻す。
それは単なる役割分担の変更ではありません。
経営が、理念を“判断”と“関係づくり”の軸として引き取る覚悟の話です。
この覚悟が定まったとき、組織の中ではいくつもの変化が同時に起こり始めます。
採用・育成・定着が一本の線でつながり始める
これまで別々に扱われていた、
- どんな人を採るか
- どう育てるか
- どう関係を続けるか
という問いが、理念を軸に一本化されていきます。
理念が判断基準として機能している会社では、
- 採用で語られる価値観
- 育成で大切にされる姿勢
- 定着のために整えられる環境
これらが同じ方向を向き始めます。
その結果、現場の迷いが減ります。
- 「この場面では何を優先すべきか」
- 「数字と人、どちらを取るべきか」
理念が一つの目印になるからです。
理念があるから判断できる。
理念があるから説明できる。
理念があるから、ぶれずに関われる。
人事の役割が“説明”から“つなぐ”へ変わる
理念が経営の判断に使われるようになると、人事の仕事も自然に変わります。
理念を一から説明し続ける必要がなくなり、
経営の判断と現場の行動をつなぐ役割に集中できるようになります。
つまり、
- 経営が理念を使い、
- 人事がそれを支える。
このとき初めて、健全な役割分担が成立します。
理念が制度や仕組みに翻訳され始める
さらに重要なのは、理念が「迎える姿勢」として制度に落ち始める点です。
理念を大切にすると言いながら、
評価制度や情報共有の仕組みがそれに追いついていない会社は少なくありません。
理念を経営が引き取ることで、
「この理念なら、どんな仕組みが必要か」
という問いが自然に生まれます。
ここで、みえるシートのような実装が意味を持ち始めます。
みえるシートは単なる管理ツールではなく、
経営が大切にしたい関係性や姿勢を、現場の行動に翻訳する装置です。
- どんな声を拾いたいのか
- どんな成長を見守りたいのか
- どんな関係を続けたいのか
こうした問いに向き合った結果として、項目が設計され、言葉が選ばれ、運用が形づくられます。
このプロセスそのものが、迎える経営の実践です。
理念を経営の仕事に戻すとは、“掲げ直すこと”ではない
理念を経営の仕事に戻すとは、理念を掲げ直すことではありません。
理念を使って決めることを、経営が引き受けること。
人を迎える前に、
人とどう向き合うかを決める。
その覚悟が制度や仕組み、日々の判断に滲み出たとき、
組織はようやく「迎える経営」に近づいていきます。
最後の問い
ここで、あらためて問いを投げかけたいと思います。
理念を「任せる」のではなく、「使う」覚悟はありますか。
その問いに向き合うところから、迎える経営は始まります。
理念を任せない、という覚悟
本記事を通して見てきたように、
理念は人事のものではありません。
制度やスローガンとして管理される対象でもありません。
理念とは、
- 経営が迷ったときに立ち戻る判断軸であり、
- 人とどう向き合うかを示す姿勢そのもの
です。
採用がうまくいかない。
定着しない。
現場と経営の感覚が噛み合わない。
こうしたズレの多くは、理念が間違っているからではありません。
理念が「使われていない」ことから生まれています。
理念を人事に任せる構造が生むもの
理念を人事に任せるという構造は、意図せずして、
迎える姿勢を経営の仕事から切り離してしまいます。
その結果、
- 理念は語られるが判断には使われない
- 現場では「飾り」として受け止められる
という状態が生まれます。
迎える経営とは、理念を“自分の仕事”として引き取ること
迎える経営とは、
人を迎える前に、理念を自分の仕事として引き取る経営です。
- どんな人を迎えたいのか
- どんな関係を築きたいのか
- 失敗や迷いが生じたとき、何を優先するのか
これらを制度や担当部署に委ねるのではなく、
経営自身が理念を使って決めていく。
その姿勢が、採用・育成・定着を一本の線でつなぎ、
組織に一貫した文化を生み出していきます。
本稿の位置づけ:経営が「自分の話」として受け取るために
本稿は、人事を批判するためのものではありません。
経営者自身が、
「これは自分の話だ」
と感じ、迎える姿勢をどこで引き取るのかを考えるための思想記事です。
迎える経営論・思想編として、
- 採用という入口から、
- 理念という軸を通り、
- 経営責任へと視線をつなぐ
その役割を担っています。

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