![第5回 [E-1]|“信じてもらう”経験が人を変える―自律は「受け取った信頼」から始まる【迎える経営論】](https://song-cs.com/wp-content/uploads/33485802_s.jpg)
人は、「信じてもらった経験」によって変わります。
厳しい評価や正確な指示だけでは、人は自律的には動けません。自分がどのように扱われたか──その体験が、働き方や仲間との関わり方に深く影響します。
もし「任せられる前提」で迎えられたなら、人は自分を“役割のための駒”ではなく、“この場に必要とされている存在”として感じ始めます。そうして初めて、人は自分の判断で動き、学び、協働するようになります。
自律は、自己責任ではなく、受け取った信頼から始まる。
本稿では、“信じてもらった瞬間に人の内側で起きる変化”を、働く側の視点から丁寧に辿っていきます。
迎える経営論マトリクス
| 編 | テーマ | 主題 | 視点 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 企業側 | 働く側 | 支援側 | |||
| 思想編 | 「迎える経営」とは何か | 採用・関係性の哲学的出発点 | A | B | C |
| 信頼編 | 信じて差し出す経営 | 信頼の先行が組織文化を変える | D | E | F |
| 対話編 | わかり合う職場をつくる | 面談・1on1・心理的安全性 | G | H | I |
| 定着編 | 続く人、育つ文化 | 定着率向上とキャリアデザイン | J | K | L |
| 理念編 | 共感でつながる採用 | 理念採用・共感ベースの発信 | M | N | O |
| 実装編 | 「みえるシート」による循環設計 | 仕組み化・可視化・データ共有 | P | Q | R |
| 成長編 | 挑戦を迎え、共に学ぶ組織 | 若手育成・失敗の受容・共進化 | S | T | U |
| 未来編 | 人を中心にした経営のゆくえ | 人的資本経営の次フェーズを描く | V | W | X |
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本コンテンツ「迎える経営論」は、8つの編と3つの視点、あわせて24のグループに記事を分けて展開していきます。
記事No:E-1
② 信頼編|信じて差し出す経営
主題:信頼の先行が組織文化を変える
働く側視点
この記事を読むことで得られること
- 「信頼の前提」の有無が、同じ能力でも行動・自律に差を生む理由がわかります
- 期待と信頼の違い、そして放任ではない「目的共有+余白+ふり返り」という信頼の設計が理解できます
- 働く側としての“信頼の受け取り方”(プレッシャーでなく余白として受け取る/応える=関わり続ける)の実践ポイントが掴めます
まず結論:自律は叱責や管理からは生まれず、先に差し出された信頼を「試せる余白」として受け取ったときに立ち上がります。
“信じられる前提”を持つ人と持たない人の違いとは
前提の違いが行動の質を左右します
私たちは、仕事に向き合うとき、それぞれに「前提」を持っています。
その前提が「自分は信頼されている側にいる」と感じている人と、
「自分はまだ信用を勝ち取っていない側にいる」と感じている人とでは、
同じ場・同じ仕事・同じメンバーであっても、行動の質が大きく変わります。
たとえば、あるミーティングの場面を想像してみてください。
新しい業務の進め方について意見が求められたとき、
信じられている前提を持った人の行動
- 「とりあえず自分の考えを出してみよう」
- 「間違っていたら修正すればいい」
- 「何かあったら相談できるはず」
信頼されていない前提を抱えた人の思考
- 「変なことを言って評価が下がるのは嫌だ」
- 「誰かが先に言うのを待とう」
- 「自信が持てる形になるまで黙っておこう」
その結果、同じ能力を持っていたとしても、前提の差が「動ける人」と「動けない人」を分けてしまいます。
ここで生じている差は、意欲や責任感ではありません。
ましてや性格の強さでもありません。
根本にあるのは、「自分は信じられている」という経験の蓄積量です。
経験が仕事観を形成します
過去の職場や学生時代の経験によって、私たちは無意識に仕事観を形成します。
信頼される経験を積んだ人
- 「任せてもらえたことがある」
- 「失敗しても対話で戻れたことがある」
- 「意見を聞いてもらえた瞬間があった」
→ 仕事を “自分が関われる領域” として捉えます。
信頼されない環境で過ごした人
- 「評価されなければ信頼されない」
- 「ミスは許されない」
- 「指示を待つことが安全だ」
→ 仕事を “減点を避ける場” として捉えます。
この違いは極めて大きく、
前者は“関わることで意味をつくろうとする”のに対し、
後者は“自分を小さく扱う”ようになります。
能力の差ではなく、扱われ方の差が分岐を生みます
企業や現場では、「自律的に動ける人」と「動けない人」という分類が語られます。
しかし実際には、その差は能力ではなく、扱われ方の差から生じます。
- 信頼される前提で迎えられた人は、自分の判断で動ける
- 信頼される前提を持っていない人は、自分の判断を差し出せない
人は「どうせ評価されない」と思う職場では、工夫しようとはしません。
逆に、「ここでは意見が受け取られる」と知っている職場では、事前に考えてから場に臨みます。
つまり、自律とは個人の素質ではなく、環境から生まれる反応なのです。
信じられていると知った瞬間、人は“役割から存在へ”と視点を変えます
信頼されている前提を持つということは、
「あなたは何ができるか」よりも
「あなたがここにいることに意味がある」と扱われている、ということです。
すると、人は「正しくこなす」を超えて、
“ここで共に働く意味”を探し始めます。
そしてこの「意味の探求」こそが、協働・責任・自律の源になります。
人は、役割に押し込まれたときではなく、
存在ごと迎えられたときに、はじめて“自分で動き始める”のです。
信頼は「期待」ではなく「存在の受容」
「信頼」と聞くと、多くの人は「あなたならできるはずだ」という期待のようなものを想像します。しかし、期待は信頼とは異なります。
期待には、「成果を出して応えてほしい」という“暗黙の交換条件”が含まれています。
一方で、迎える経営における信頼は、条件ではなく前提として手渡されるものです。
つまり、信頼とは 「あなたはここにいていい」 という、存在レベルでの受容から始まります。
この受容があるとき、人は役割ではなく“存在”として扱われていると感じます。
「役に立てるかどうか」ではなく、「ここに参加すること自体に意味がある」と感じられる。
この感覚が、人の内側にある行動のエンジンを静かに動かし始めます。
信頼は「結果の前」に置かれるもの
一般的なマネジメントでは、結果 → 評価 → 信頼 という順序が当然とされます。
しかし、人が育つ現場やチームには、逆の順番が流れています。
信頼 → 試行 → 学習 → 結果
成果を出すためには、試して、間違えて、学ぶプロセスが不可欠です。
そのプロセスに踏み出すには、「失敗しても戻ってこれる場」 が必要です。
だからこそ、迎える経営は「最初に信頼を差し出す」ことを土台にしています。
信頼の根は「観察」にある
では、信頼はどのように差し出すのでしょうか。
信頼とは、「相手の可能性を見ようとする視線」から生まれます。
これは一度きりの判断ではなく、日々の観察の積み重ねです。
- この人はどんなときに力を発揮するだろう
- 何を大切にして動いているだろう
- どこで不安を抱えやすいだろう
観察があるとき、信頼は「期待」ではなく「理解」に基づくものとなります。
理解に基づく信頼は、相手にとって“負荷”ではなく、“背中をそっと支える手”になります。
信頼は「干渉しないこと」ではない
「信頼しているから任せる」と言うと、
「放任」や「丸投げ」を連想されることがあります。
しかし、迎える経営における信頼は、そうした放置ではありません。
信頼とは、
“目的の共有”と“余白の設計”を同時に行うこと です。
- 目的は共有する
- 方法は委ねる
- ふり返りは共に行う
これが、信頼が形として現れている状態です。
逆に言えば、目的を示さず、方法だけ委ねるのは「責任放棄」になり、
方法を固定し、目的も共有しないのは「管理」となります。
信頼とは、そのどちらでもない “あいだ”のデザイン なのです。
信頼は「あなたを一人にしない」という合図
信頼とは、任せることでも、放すことでもなく、
「一緒にいる」ことの宣言 でもあります。
- 失敗しても戻ってこれる
- 困ったときは相談できる
- 迷ったら一緒に整理できる
この空気があるとき、人は挑戦を選べます。
そして挑戦は、強制されたときには決して生まれません。
「ここなら動ける」と感じたときにだけ、人は自分で一歩踏み出します。
信頼とは、能力の証明を求めることではありません。
「あなたという存在を、ここで一緒に育てていく」 という宣言です。
この宣言を受け取ったとき、人は役割を超えて、働き方そのものを変え始めます。
“信じてもらったとき” 内側で起きること
人は、「信じてもらった」と感じた瞬間に変わります。
それは劇的な変化ではなく、声を張り上げるようなものでもありません。
むしろ、静かで、深く、内側に染み込む変化です。
私たちの中には、常に「自分はどれだけ役に立てているか」という測りが存在します。
その測りは、自己評価だけで動いているわけではありません。
周囲が自分をどう見ているか、どう扱っているかによって、目盛りが日々変動します。
そして、「信じられている」と感じたとき、その目盛りは初めて自分自身の手に戻ってきます。
自分で選び、自分で決め、自分で動くための基準が、内側に芽生えるのです。
自己効力感が立ち上がる瞬間
信頼を受け取ったとき、人の中に生まれる最初の変化は 自己効力感 です。
「できるか、できないか」ではなく、
“自分が試してもいい” と感じられる感覚。
この感覚が生まれた瞬間、人は初めて「動く側」に回れます。
- 指示を待つのではなく、提案してみよう
- 与えられた役割だけでなく、自分から関係をつくってみよう
- 失敗を恐れるより、ためして学んでみよう
こうした動きは、外側から「自律せよ」と言っても起きません。
内側に“許可”が生まれたときにだけ、自然に立ち上がります。
この「内側からの許可」が、信頼によって灯されるものです。
“応えたい” という自発性
信頼は、義務感ではなく 応答性 を生みます。
「返さなければならない」ではなく、
「返したい」 と感じる。
これは、報酬でも評価でも生まれません。
評価は人を動かしますが、人の“芯”は動かしません。
信頼はその芯に触れる。
たとえば、
- 「任せてみるね」
- 「あなたの判断で進めていい」
- 「困ったら一緒に戻ってこよう」
と言われたとき、人は「その期待に応えよう」と力を燃やします。
この力は命令よりも強く、罰よりも持続的です。
行動 → 手応え → 学習 → 自律 の循環が始まる
信頼を受け取ると、人は試すようになります。
試すと、小さな手応えが生まれます。
手応えがあると、もう少し工夫したくなります。
工夫すると、学習が蓄積します。
学習が蓄積すれば、判断は自分の中から湧いてきます。
この循環こそが、自律の源泉です。
自律とは、「一人で何でもできる」ことではありません。
自分で考え、自分で選び、自分で動くことです。
そしてその力は、信頼という「見えない土壌」のうえでしか育ちません。
信頼は「自分の物語を書き換える」
信頼は、人の経歴そのものを変えるわけではありません。
でも、その人が自分をどう見ているか を変えます。
「私はただの新人だから」
「私は迷惑をかける側の人間だから」
「私は責任を持つ立場ではないから」
こうした物語は、過去の扱われ方の中で形成されてきたものです。
信頼を受け取ると、人はその物語にひとつ新しい行を加えます。
「私は、信じてもらえる人でもあった。」
たったそれだけで、行動の軌道は大きく変わる。
これは、職場だけでなく、人生の軌跡にも影響する変化です。
信頼は、能力を高めるための手段ではありません。
人が自分のままで働けるための“土台”そのものです。
「信じてもらった」経験は、
その人の中に、静かに、しかし確かに、未来をつくっていきます。
働く側に必要なのは“信頼の受け取り方”
信頼を差し出す側の視点は、前回の記事でも扱いました。
しかし、信頼は 片側だけでは成立しません。
信頼は「渡す側」と「受け取る側」の間で、はじめて循環を生みます。
ここで重要なのが、“信頼の受け取り方” です。
多くの人は、「信頼されること」は良いことだと理解しています。
しかし実際には、信頼を受け取ることに 怖さや戸惑い を感じます。
- 「任せてもらえるほどの力があるのだろうか」
- 「失敗してがっかりさせたらどうしよう」
- 「期待に応えられなかった自分が見えてしまうかもしれない」
この不安は、とても人間的です。
むしろ、真剣に向き合おうとする人ほど、この不安は強くなる傾向があります。
だからこそ、働く側には “信頼を受け取る努力” が必要なのです。
謙遜はやさしさではなく、「距離」になることがある
日本の文化では、「いえいえ、自分なんて」と謙遜することが美徳とされがちです。
しかし、信頼においてこの謙遜は、しばしば 相手との距離 を生みます。
たとえば、
「あなたに任せたい」
と言われたときに、
「いや、自分にはまだ…」
と返してしまうと、信頼の橋が架かりきる前に、力を引き戻してしまいます。
ここで大切なのは、
「自分にはまだ十分ではないかもしれない。
けれど、任せてもらえたことを受け取ってみよう。」
と、一度その信頼を 自分の側に置いてみる ことです。
受け取れないとき、人は自分の過去で動きます。
受け取ったとき、人は今と未来で動きます。
信頼の受け取りとは、未来に軸足を置くことです。
信頼は「プレッシャー」ではなく「余白」として受け取る
信頼を受け取るとき、私たちは「応えられなければならない」と考えがちです。
しかし迎える経営における信頼は 結果を要求しません。
信頼が生み出すのは、「試せる余白」 です。
- できるかどうかではなく、やってみてよい
- ミスは失敗ではなく、学習の材料
- 不安は共有していい
この余白の中で初めて、人は自分の判断で動き始めます。
働く側に必要なのは、
信頼を“証明すべき期待”ではなく、
“試すことを許された余白”として受け取ること。
そう受け取れる人は、安心して挑戦できます。
「応えきれなくてもいい」から人は動ける
信頼に応えるとは、“完璧に成果を返すこと”ではありません。
応えるとは、
- 試すこと
- 相談すること
- 迷ったら言葉にすること
- わからなかったら立ち止まること
- 小さな変化を繰り返すこと
つまり、
信頼に応えるとは、「一緒に関わり続けること」です。
人は「応えきれなくてもいい」と知ったとき、
逆に「応えたい」と思えるのです。
信頼を受け取るとは、自分を弱くすることではなく、
自分のままで、ここにいていいと認めることです。
信頼は、差し出す側だけが強いわけではありません。
受け取る側にも、勇気が必要です。
働く側の成長は、
「認められること」よりも、
「受け取ること」から始まります。
結び|問いかけ
では、ここで静かに問いを置きます。
- あなたは、最後に “信じてもらった” と感じたのはいつでしたか?
- そのとき、あなたはどう動こうとしましたか?
- 次に、誰からの信頼を受け取ろうとしていますか?
その問いに触れたときから、
働き方は少しずつ変わり始めます。
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