
動画で見る診断ノートの記事説明
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ファーストリテイリングが、来年春に入社する新入社員の初任給を37万円に引き上げると発表しました。初任給の引き上げは2年連続で、7年間で見れば16万円の増額となります。不動産業界などでも初任給40万円といった動きが出始めており、新卒人材をめぐる競争は、もはや一部の業界や企業に限った話ではなくなっています。
このニュースを目にして、「大企業だからできる話だ」「中小企業には関係ない」と感じた経営者も多いかもしれません。しかし本質は、金額の大きさそのものではありません。初任給37万円という数字は、現在の人材市場がすでに“別のフェーズ”に入っていることを示す、ひとつの象徴にすぎません。
人手不足が常態化し、若手人材が「選ばれる側」から「選ぶ側」へと立場を変えつつある中で、企業は何を武器に人を惹きつけるのか。賃金を上げられるかどうか以前に、そもそも自社はどの土俵で、どんな人材と向き合うのかが問われています。
初任給37万円時代は、中小企業にとって厳しい現実であると同時に、採用や組織づくりを根本から見直すきっかけでもあります。本記事では、このニュースを起点に、いまの人材市場で何が起きているのか、そして中小企業はどのように向き合うべきなのかを整理していきます。
この記事を読むことで得られること
- 「初任給37万円」が示す本質が、“金額”ではなく人材市場のルール変更であると整理できます
- 中小企業が賃金競争に巻き込まれずに採用・定着を前に進めるための「土俵の選び直し」の視点が得られます
- 採用を「賃金」ではなく「設計(事業・役割・成長・評価のつながり)」として捉え直す具体的な論点が手に入ります
まず結論:初任給37万円時代に問われているのは“給料の勝負”ではなく、誰をどう迎え入れ、どう育て、どう活かすかを経営として設計し直す覚悟です。
初任給37万円は「異常値」ではなく、市場からのサイン
ファーストリテイリングの初任給37万円という数字は、どうしてもインパクトが先行しがちです。「さすが大企業」「さすがユニクロ」といった受け止め方も多いでしょう。しかし、診断ノートとして重要なのは、この金額を単発の高水準として見るのではなく、連続した流れの結果として捉えることです。
今回の引き上げは、いきなり行われたものではありません。2019年以降、ファーストリテイリングは段階的に初任給を引き上げてきました。7年間で合計16万円の増額という事実は、「その年だけの判断」ではなく、中長期で人材市場をどう見るかという経営判断の積み重ねであることを示しています。
つまり37万円は、突発的な異常値ではなく、「この水準まで上げなければ人材を確保できない」という市場認識の到達点だと考えるべき数字です。
また、この動きは決してファーストリテイリング1社に限った話ではありません。不動産業界やIT関連企業などでも、初任給や実質年収を大きく引き上げる動きが相次いでいます。業界が違っても、背景にある構造は共通しています。それは、若手人材の絶対数が減り、企業側が選ぶ立場から選ばれる立場へと移行しているという現実です。
かつては「景気が良くなれば人手不足、悪くなれば落ち着く」といった循環的な見方がされていました。しかし現在の人材不足は、景気変動による一時的なものではありません。少子化による人口構造の変化、働き方の多様化、価値観の変化が重なり、売り手市場そのものが常態化しています。
その結果、企業側は「景気が落ち着けばまた採れる」という前提では、もはや人材戦略を立てられなくなっています。
初任給37万円という数字が突きつけているのは、「この水準が普通になる」という未来そのものではありません。むしろ、「人材市場のルールがすでに変わってしまった」というサインです。
給与水準は、元に戻ることを前提に上下するものではなく、上がった前提で競争が再設計されていく。この前提に立てるかどうかが、今後の採用・組織づくりを考えるうえでの出発点になります。
このニュースを「うちは関係ない」と切り離すのは簡単です。しかし、関係ないのは金額そのものだけであって、人材市場の構造変化からは、どの企業も逃れられません。
初任給37万円は、企業規模の差を誇示する数字ではなく、すべての企業に向けて発せられた「これまでの前提では通用しない」という、市場からの静かな警告だと受け止める必要があります。
なぜ大企業はここまで賃金を上げられるのか
大企業が初任給を37万円まで引き上げると聞くと、「体力があるからできる」「利益が出ているから可能なのだ」といった見方をしがちです。しかし実態は、「余裕があるから上げている」のではなく、上げなければ人が採れないという、かなり切迫した状況に近いと言えます。
特にグローバル展開している企業ほど、この傾向は顕著です。優秀な若手人材は、国内企業同士で取り合っているだけではありません。海外企業、外資系企業、スタートアップ、さらにはフリーランスや起業といった選択肢とも競合しています。
つまり、大企業であっても「待っていれば人が来る」時代はすでに終わっており、初任給は人材市場への参加資格のような意味合いを持ち始めています。
この文脈で重要なのが、企業側の賃金に対する捉え方の変化です。従来、賃金は「固定費」「できれば抑えたいコスト」として扱われることが多くありました。しかし現在、大企業の多くは賃金をコストではなく投資として捉え直しています。
特に初任給は、単なる人件費ではなく、「将来の戦力を確保するための入口の投資」です。入口で選ばれなければ、その後の育成も、配置転換も、成果創出も始まりません。
また、大企業ほど「賃金を上げないことのリスク」を強く意識しています。採用人数が計画を下回れば、現場の負荷は増え、管理職は疲弊し、結果として離職が増える。離職が増えれば、採用コストはさらに膨らみ、組織の新陳代謝も滞ります。
こうした悪循環を避けるために、最初から高い水準を提示する方が、結果的に合理的だという判断が働いています。
さらに、大企業の賃上げは単独の施策ではなく、経営戦略と一体で設計されています。高い初任給を提示する代わりに、求める役割や成果水準も明確にし、配置転換や育成のスピードを上げる。
賃金だけを切り出して見ると「高すぎる」と感じられても、企業側は「その水準に見合う成長曲線を描けるか」という視点で全体を設計しています。
この点で、賃金水準はもはや単なる待遇条件ではありません。どんな人材を取り、どんな成長を期待し、どこで価値を生み出す企業なのかというメッセージそのものです。
だからこそ、大企業は簡単に賃金を下げることができず、引き上げにも慎重かつ計画的に取り組んでいます。
初任給37万円という数字は、「景気が良いから出てきた」のではありません。人材市場のルールが変わり、賃金水準が企業戦略と直結する時代に入った結果として現れたものです。
この現実を理解せずに「大企業だからできる話」と片づけてしまうと、人材をめぐる本質的な競争構造を見誤ることになります。
賃金は、単なる結果ではありません。どの水準を提示するかは、「どの土俵で勝負するか」を選ぶ行為そのものです。
この視点に立てるかどうかが、次の人材戦略を考えるうえでの分岐点になっています。
中小企業が同じ土俵で戦えない理由
初任給37万円という数字を前にすると、「中小企業には到底まねできない」「もう勝負にならない」と感じる経営者も少なくありません。その感覚自体は、決して間違いではありません。むしろ重要なのは、同じ土俵で戦おうとすると、構造的に不利になるという点を、冷静に理解することです。
中小企業と大企業の差は、単純な賃金額の違いだけではありません。資本力、知名度、採用広報にかけられる予算、教育・育成に投じられる時間と人員、配置転換の幅、海外を含めたキャリアの選択肢など、前提条件が大きく異なります。
この状況で、大企業と同じ基準で採用市場に立とうとすると、賃金競争だけが目立ち、勝ち目のない比較に巻き込まれることになります。
特に陥りやすいのが、「大企業基準で人材を見てしまう」ことです。
「即戦力がほしい」「ポテンシャルが高い若手がほしい」「長く勤めてくれる人がいい」――これらの条件自体は間違っていませんが、同じ言葉を大企業と同じ文脈で使った瞬間に、採用の難易度は一気に上がります。結果として、「条件を満たす人が来ない」「なぜうちは応募が少ないのか」という問いに行き着きがちです。
しかし、この問いにはズレがあります。人が来ない理由は、賃金が低いからだけではありません。そもそも、どの土俵で勝負しているのかが整理されていないことが多いのです。
大企業と同じ「初任給」「待遇」「ブランド」を軸にした土俵に立てば、比較対象は常に不利な方向に設定されてしまいます。
中小企業が苦しくなる構造は、「負ける土俵を選んでしまう」ことから生まれます。
賃金を無理に引き上げても、ブランドや将来像、育成環境が伝わらなければ、採用は安定しません。さらに、背伸びした賃金設定は、後々の人件費負担として経営を圧迫し、既存社員とのバランスを崩すリスクも孕みます。
ここで視点を切り替える必要があります。中小企業の採用課題は、「賃金が足りない」のではなく、大企業と同じ基準で比較される前提に自ら乗ってしまっていることにあります。
大企業と同じ土俵で戦えないのは弱点ではなく、前提条件が違うだけです。その違いを無視してしまうことこそが、採用を難しくしています。
だからこそ重要なのは、「なぜうちは人が来ないのか」という問いを、「うちはどの土俵で人を迎えようとしているのか」という問いに置き換えることです。
問題の本質は賃金そのものではありません。どんな価値を、どんな人に、どんな環境で提供できる企業なのか――その土俵を自覚し、選び直せているかどうかが問われています。
中小企業が大企業と同じ土俵で勝つ必要はありません。むしろ、同じ土俵に立たないことこそが、次の一手を考える出発点になります。
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この記事は「経営ラボ」内のコンテンツから派生したものです。
経営は、数字・現場・思想が響き合う“立体構造”で捉えることで、より本質的な理解と再現性のある改善が可能になります。
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それでも人は集まる企業の共通点
初任給37万円という数字が注目を集める一方で、現場を見ていると「高い初任給を出していないのに、人が集まり続けている企業」が確かに存在します。ここから見えてくるのは、人材が見ている判断軸は、金額だけではないという事実です。
まず大きいのは、「この会社で、どんな成長ができるのか」が具体的にイメージできるかどうかです。
成長と言っても、単なる昇給や昇格の話ではありません。
- どんな仕事を任されるのか
- どのくらいのスピードで裁量が渡されるのか
- 失敗したときに、どう扱われるのか
こうした点が言語化され、実例として語られている企業では、初任給が突出して高くなくても、応募者が集まりやすい傾向があります。若手ほど、「数万円の差」よりも「数年後にどんな自分になっているか」を重視しているケースは少なくありません。
次に重要なのが、仕事の意味が見えるかどうかです。
自分の仕事が、誰のどんな役に立っているのか。会社として、何を大切にしているのか。それが日常の業務と結びついて説明されている企業は、金額以外の部分で強い魅力を持ちます。
「売上のため」ではなく、「顧客のため」「社会のため」という言葉が、現場の行動と一致しているかどうかは、見られています。
また、「誰と働くのか」「どんな距離感で働くのか」も重要な判断材料です。
上司や先輩との距離が近く、相談しやすいか。意見を言っても否定されないか。若手が置き物にならず、役割を持って扱われているか。
これらは求人票には書きにくい要素ですが、説明会や面談、口コミを通じて、確実に伝わります。
特に近年は、「高い給料をもらって消耗する」よりも、「納得できる環境で、濃い経験を積みたい」と考える人材も増えています。こうした人たちは、最初から金額一本で企業を選んでいません。
つまり、金額以外の判断軸を持つ人材は、確実に存在しているということです。
ここで重要なのは、「うちは給料が低いから仕方ない」と諦めることではありません。
むしろ問われているのは、
- 自社の仕事のどこが面白いのか
- どんな成長曲線を描けるのか
- 他社と何が違うのか
を、経営者自身が語れるかどうかです。これが曖昧なままでは、たとえ初任給を引き上げても、定着にはつながりません。
初任給の高騰は確かに現実ですが、それは「お金しか見ない人材」だけが増えたことを意味しません。
むしろ今は、金額・成長・意味・人間関係を総合的に見て判断する人材が、よりシビアに企業を選ぶ時代です。
それでも人が集まる企業には、共通して「この会社で働く意味」が、数字以外の言葉で説明できる土台があります。
賃金競争に巻き込まれすぎる前に、自社がどんな価値を提供できる職場なのかを、あらためて見つめ直すことが、これからの人材戦略の出発点になります。
診断士視点:人材戦略は「賃金」ではなく「設計」で決まる
初任給37万円というニュースを前にすると、「うちには到底無理だ」「賃金競争では勝てない」と感じる経営者も少なくありません。
しかし、診断士として多くの現場を見てきて感じるのは、人材戦略の成否を分けているのは賃金水準そのものではなく、設計の有無だという点です。
まず押さえておきたいのは、採用は人事施策ではなく、経営戦略の一部だということです。
どんな事業を伸ばしたいのか、どんな価値を提供し続けたいのか。そのために、どんな人材が必要なのか。
ここが曖昧なまま「とりあえず人を採る」「他社が上げたから賃金を上げる」といった対応をしても、長続きしません。
賃金だけを切り出して考えると、必ず行き詰まります。
理由は単純で、賃金は“結果”であって“原因”ではないからです。
事業の収益構造、任せている役割、求めている期待値、評価の仕組み──これらがつながっていない状態で賃金だけを上げても、
- 期待に応えられない
- 評価に納得できない
- 成長実感がない
といったズレが生じ、結果として定着しません。
重要なのは、事業・役割・成長・評価が一本でつながっているかです。
例えば、
- この会社では、最初の1〜2年で何を身につけてほしいのか
- どの段階で、どんな仕事を任せるのか
- 成果は何で測り、どう評価されるのか
- その結果、どんなキャリアや報酬につながるのか
こうした流れが整理されている企業は、初任給が突出して高くなくても、納得感を持って人が集まります。
逆に、ここが設計されていない企業ほど、「賃金を上げないと採れない」という苦しい判断に追い込まれがちです。
診断士視点で見ると、最終的に問われているのは、
「誰に、何を期待し、何を提供する会社なのか」を言語化できているか
という一点に尽きます。
これは採用ページや求人票だけの話ではありません。経営者自身が、自社の人材に対してどんな覚悟と設計を持っているか、という問題です。
人材戦略は、賃金の多寡で決まるものではありません。
賃金はあくまで設計の一部であり、全体の構造が整ってはじめて意味を持ちます。
初任給37万円というニュースは、「払える企業がすごい」という話ではなく、
人材をどう迎え入れ、どう活かすかを本気で設計しているかどうかを、すべての企業に突きつけているサインだと言えるでしょう。
まとめ|初任給37万円時代に問われているのは、経営の覚悟
初任給37万円というニュースは、「一部の大企業がすごい」という話で終わるものではありません。
これは、人材市場そのものがすでに次のステージへ進んだことを示す、極めて強いシグナルです。
人手不足、売り手市場、若手人材の争奪戦。
これらは一時的な現象ではなく、構造として定着しつつあります。
「いずれ落ち着くだろう」「景気が変われば元に戻るだろう」といった前提で考えている限り、採用はますます難しくなっていくでしょう。
だからといって、中小企業が大企業を嘆いたり、同じ水準を無理に模倣したりする必要はありません。
本当に必要なのは、自社は人材市場の中でどこに立っているのかを理解し、その上で何を選び、何を捨てるのかを決めることです。
賃金で勝つのか、成長機会で勝つのか。
裁量で勝つのか、働き方で勝つのか。
あるいは、価値観や関係性で勝つのか。
どれも正解になり得ますが、すべてを同時に満たすことはできません。だからこそ、経営としての選択と覚悟が問われます。
人が集まらない理由を、景気や若者気質のせいにしても、状況は変わりません。
多くの場合、その原因は外部環境ではなく、「どんな人を、どんな前提で迎え入れるのか」が設計されていないことにあります。
初任給37万円時代とは、賃金競争の時代ではありません。
それは、経営の思想・構造・覚悟が、そのまま人材戦略として可視化される時代です。
この現実と向き合い、自社なりの答えを持てるかどうか。
いま、すべての経営者にその問いが突きつけられています。

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