![第11回 [K-1]|「ここで働きたい」と思える瞬間 ― 働き続ける理由は関係の中で育つ【迎える経営論|定着編】](https://song-cs.com/wp-content/uploads/33507516_s.jpg)
離職を減らしたい、定着率を上げたい——多くの企業がこの課題に向き合うとき、まず思い浮かべるのは「制度を整えること」かもしれません。評価制度、キャリアパス、福利厚生、面談の仕組み…。もちろん、これらは必要な“土台”です。
しかし、支援現場に立つと、制度をどれだけ整えても人が定着しない会社は珍しくありません。逆に、制度が十分とは言えなくても、不思議なほど離職が少ない会社もあります。
その違いを分けているのはただ一つ。
制度の完成度ではなく、関係の設計ができているかどうかです。
定着は制度で生まれません。
定着は人と人の「間」で生まれます。
制度は“枠組み”をつくりますが、“続けたい理由”をつくるのは常に関係性です。
誰がどんな言葉をかけ、どんな姿勢で迎え、どんな距離感で支えるか——その設計こそ、支援側が本当に磨くべき専門性です。
本稿では、特に組織を“内側から支える支援者”(人事・組織開発担当・中小企業診断士等)の視点から、この関係設計の要諦を掘り下げます。
迎える経営論マトリクス
| 編 | テーマ | 主題 | 視点 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 企業側 | 働く側 | 支援側 | |||
| 思想編 | 「迎える経営」とは何か | 採用・関係性の哲学的出発点 | A | B | C |
| 信頼編 | 信じて差し出す経営 | 信頼の先行が組織文化を変える | D | E | F |
| 対話編 | わかり合う職場をつくる | 面談・1on1・心理的安全性 | G | H | I |
| 定着編 | 続く人、育つ文化 | 定着率向上とキャリアデザイン | J | K | L |
| 理念編 | 共感でつながる採用 | 理念採用・共感ベースの発信 | M | N | O |
| 実装編 | 「みえるシート」による循環設計 | 仕組み化・可視化・データ共有 | P | Q | R |
| 成長編 | 挑戦を迎え、共に学ぶ組織 | 若手育成・失敗の受容・共進化 | S | T | U |
| 未来編 | 人を中心にした経営のゆくえ | 人的資本経営の次フェーズを描く | V | W | X |
左右にスクロールできます。
本コンテンツ「迎える経営論」は、8つの編と3つの視点、あわせて24のグループに記事を分けて展開していきます。
記事No:L-1
④ 定着編|続く人、育つ文化
主題:定着率向上とキャリアデザイン
支援側視点
この記事を読むことで得られること
- 離職が減らない本当の理由を、「制度」と「関係」の違いから整理して捉え直すことができます
- 定着を支える“関係設計”とは何か、その考え方と「見えない回路」がどのように働くのかが理解できます
- 支援者として、最初の数週間にどこを観察し、どんな関わり方・声のかけ方を設計すべきかの具体的なヒントが得られます
まず結論:定着支援は、制度を増やすことではなく、働く人が「ここにいてもいい」と感じられる関係の回路を、支援者が先回りして設計していく営みです。
制度では定着が生まれない理由──“仕組みの正しさ”と“続けたい気持ち”は別物
制度強化が最初の一手になる理由
企業が離職の課題に直面したとき、まず手をつけたくなるのは制度の強化です。
評価制度を見直し、キャリアパスを明確にし、1on1を導入し、福利厚生を整える。
これは企業の“誠実な努力”であり、決して間違いではありません。
しかし、支援現場で数多くの組織を見ていると、制度整備がそのまま定着につながるとは限らない現実が浮き彫りになります。
制度と定着は別の軸で動く
理由ははっきりしています。
制度の正しさと、人が続けたいと思う気持ちは、同じ軸で動いていないからです。
制度は論理で設計されます。しかし、定着は感情で決まります。
働く側が「ここにいたい」と感じるかどうかは、制度の完成度ではなく、“日々のふるまいの積み重ね”によって決まるのです。
制度があっても機能しない職場
たとえば、評価制度が立派でも、
- 上司が日常の努力を見ていない
- 面談が事務的に終わる
- 失敗すると冷たい空気が流れる
- 相談すると急いで話を切られる
こうした職場では、制度の効果はほとんど発揮されません。
制度が整っているのに辞めてしまう会社の多くは、実は制度の運用を支える「関係性」が機能していないのです。
関係性の濃さが定着を生む
逆に、制度が完璧とは言えない中小企業でも、離職が少ない会社があります。
理由を探ると、共通するのは“関係性の濃さ”です。
- 困ったときにすぐ助けてくれる
- 成長を一緒に喜んでくれる
- ミスをしても人格ではなく事実を見てくれる
- ちょっとした変化を見逃さず声をかけてくれる
こうした日々の経験こそが、働く人に「続けよう」と思わせる要因になります。
定着は制度ではなく関係性で育つ
ここで重要なのは、定着とは“制度で減らすもの”ではなく、関係性で育てるものだという点です。
制度は枠組みを整えますが、
「この職場にいたい」という気持ちを生むのは、
上司・同僚・スタッフとの関係の中に生まれる“安心の蓄積”です。
制度依存の落とし穴
支援者として痛感するのは、企業が制度に力を入れれば入れるほど、“制度で解決しようとする姿勢”が強まり、肝心の人間関係が弱くなってしまうことです。
制度に期待しすぎると、「仕組みを変えれば人は変わる」という錯覚が生まれます。
しかし、実際にはその逆です。
人が変わるから、制度がうまく回る。
これが現場での真実です。
制度強化が生む緊張
さらに、制度を強化するほど、働く側が「評価される側」として緊張を抱え、日常の対話が本音から遠ざかることもあります。
制度が強引に“枠”をつくり、関係性がその中で窮屈になってしまうのです。
支援者が見るべきもの
だからこそ支援者は、制度の設計だけでなく、
「働く人が日常で誰とどう関わり、どんな扱われ方をしているか」
という“関係の質”にこそ目を向けなければなりません。
結論:定着は感情が決める
定着は論理ではつくれません。
定着は、人と人のあいだに育つ“感情”が決めるのです。
関係設計という視点──定着を支える“見えない回路”
制度ではなく「関係設計」という発想
定着支援を制度ではなく「関係設計」と捉えると、支援の視点は一気に鋭くなります。
制度は表に見える“枠”ですが、関係設計はその内側に流れる“見えない回路”を整える仕事です。
働く人が安心して続けられる職場には、必ずこの“目に見えない回路”が存在しています。
日常の接点をどうデザインするか
まず重要なのは、日常の接点の質をどうデザインするかです。
たとえば新人がミスをしたとき、言葉をどう選ぶか、どんな姿勢で寄り添うか、どれくらいの距離感でフォローに入るか──これらは制度では管理できません。
しかし、その瞬間の扱われ方こそが、働く側の「ここで続けられる」という感覚を決めます。
関係設計とは、この“扱い方の基準”を企業文化としてつくる作業に近いものです。
感情の流れを設計する
次に重要なのが、感情の流れを設計するという視点です。
働く人は、仕事の出来不出来よりも、自分の感情がどのように扱われているかに敏感です。
- 不安を否定せず受け止めてもらえるか
- 迷ったときに相談できる空気があるか
- 失敗したときに評価よりも背景を見てもらえるか
こうした“感情の経路”が整っている組織は、離職率が自然と下がっていきます。
支援者の役割
この経路をつくるのが、支援者の大きな役割です。
制度は感情を扱えません。扱えるのは人だけです。
支援者は組織内の人間関係を観察し、どこに摩擦が生まれ、どこに詰まりがあるかを見つけていきます。
関係の詰まりとは、多くの場合、
- 声をかけづらい
- 相談しづらい
- 頼りづらい
といった“心理的な距離の歪み”として現れます。
距離を整える関係設計
関係設計では、この距離を整えます。
形式的な1on1を増やすことではありません。
日常の中で「声がかけられる距離」「頼れる距離」をつくるために、どんなふるまいを共通ルールにするかを決めていくことです。
小さな成功体験の共有
さらに、関係設計に欠かせないのが、小さな成功体験の共有です。
人は、努力が見られている、気づかれている、と感じた瞬間に一気に安心します。
支援者が現場に入り、上司や先輩が
「今日のこれ、よかったよ」
「昨日の準備が助かった」
といった“観察の言葉”を増やすだけで、職場の空気は変わり始めます。
過剰な干渉をしないバランス
また、関係設計は“過剰な干渉をしない”という引き算も含みます。
関わりが濃すぎると依存が生まれ、働く側の自律性が失われます。逆に放置すれば孤立します。
支援者の仕事は、このバランスを見極め、
「どこまで見守り、どこから手を離すか」
という境界線の設計まで含まれます。
見えない回路が定着を支える
関係設計という言葉は聞き慣れないかもしれません。
しかし、現場で定着が高い会社は、例外なくこの“見えない回路”を丁寧につくり込んでいます。
制度が整っていなくても離職が少ない会社が存在するのは、この回路が働いているからにほかなりません。
結論
定着は制度ではなく、関係の回路で支えられている。
その事実を理解した瞬間に、企業への支援の質は大きく変わります。
支援者がつくる“関係の起点”──最初の数週間に何が必要か
最初の数週間が分岐点
定着支援において、支援者の役割が最も大きく現れるのは「最初の数週間」です。
人が職場に馴染むか、違和感を抱くか、続けたいと思うか、離れたいと思うか──その分岐点は驚くほど早く訪れます。
だからこそ支援者は、制度導入の前に「関係の起点をどうつくるか」に集中しなければなりません。
扱われ方の空気が決める安心感
まず重要なのは、新しく入った人が最初に受け取る“扱われ方の空気”です。
たとえば初日の挨拶で、
- 名前を覚えてもらえない
- 最低限の説明だけで放置される
- 質問しても「あとで教えるね」と流される
こうした経験が続くと、たった数日でも「自分は歓迎されていない」という感覚が刻み込まれます。
これが後々まで尾を引き、どれだけ制度を整えても“なんとなく居心地が悪い”という印象が消えません。
逆に、最初の時期に、
- 丁寧に迎えてもらえる
- 小さな疑問にもすぐ応じてもらえる
- 慣れるまで寄り添ってくれる
- ミスしても責めるのではなくプロセスを一緒に確認してくれる
こうした体験があると、働く側の心に「ここなら大丈夫かもしれない」という安心の回路がつくられます。
支援者の役割:回路づくり
支援者の仕事は、この“回路づくり”を企業と一緒に設計することです。
先輩スタッフとの橋渡し
特に重要なのが、先輩スタッフとの橋渡しです。
多くの離職は、上司ではなく“近くにいる先輩との関係”が原因で起こります。
支援者は、先輩スタッフが教え方を丸投げしてしまわないよう、
- どこまで教えるか
- どのタイミングで手を離すか
- 困ったときは誰がキャッチするか
という役割分担を丁寧に整理します。
情報量と不安量の調整
また、最初の数週間は「情報量」と「不安量」が反比例する時期です。
仕事の内容、ルール、手順、人間関係──とにかくわからないことだらけ。
この不安が一定量を超えると、働く側は“定着以前に、気持ちが持たない”状態になります。
支援者は、企業と連携しながら、
- 情報を小分けにする
- 教える順番を整理する
- 混乱を防ぐ導線をつくる
ことで、不安が膨らまないように調整します。
積極的な接点づくり
さらに大切なのは、「何かあったら言ってね」ではなく、支援者側から積極的に接点をつくることです。
働く側は「言っていいのか」「嫌われないか」と迷い、助けを求めるのを躊躇します。
だからこそ、支援者や上司が、
「最近どう?」「困っていることはない?」
と能動的に声をかけることで、相談のハードルを下げていく必要があります。
企業文化の翻訳期間
最初の数週間は、企業文化の“最初の翻訳期間”でもあります。
企業の価値観や期待、働き方のリズムを、働く側に“丁寧に翻訳する”こと。
これができれば、その後の制度設計は驚くほど軽く回ります。
逆に、翻訳が乱雑だと、制度がどれだけ立派でも機能しません。
結論:最初の経験が定着を決める
支援者がつくるべきものは制度ではなく、
「ここにいてもいい」と思える最初の経験です。
この経験こそが、その後の定着を左右するもっとも大きな土台になります。
反転──制度が生きるのは“関係が整っている”ときだけ
制度が機能しない本当の理由
制度が機能しないとき、多くの企業は「制度そのもの」が不十分だと考えます。
評価制度を厚くし、面談の頻度を増やし、キャリアパスを細かくし、研修を充実させる。
しかし、支援現場で何百人ものスタッフの声を聞いていると、制度が機能しない本当の理由は、制度そのものにはありません。
結論を言えば、制度は“関係が整っている組織”でしか機能しないからです。
制度と関係性の関係
制度は、関係性という土壌が整って初めて効果を発揮します。
逆に言えば、関係が乱れている組織では、どれだけ制度を改善しても“空回り”します。
評価制度の例
たとえば評価制度。評価制度が公正で透明性が高いほど機能する…はずなのに、現場ではこうなります。
- 評価者が日々の努力を見ていない
- 面談で十分な対話が生まれない
- 「評価のための会話」になり、本音が出てこない
- 評価結果に不満があっても相談できない空気がある
これらは制度の問題ではなく、関係の問題です。
関係が薄ければ、どれほど正しい制度でも信頼されず、ただの“管理ツール”になってしまいます。
キャリアパスの例
キャリアパスも同じです。キャリアの道筋が示されているだけでは、働く側は動けません。
必要なのは、
「あなたにはこの力があるよ」
「この方向に行くなら、私もサポートするからね」
といった“関係の中での後押し”です。
キャリアは制度の中でつくられるのではなく、関係の中で選ばれるものだからです。
研修制度の例
さらに、研修制度も例外ではありません。研修を受けたあと、
- 相談できる先輩がいるか
- 実践の場で支えてくれる人がいるか
- ミスしても一緒に振り返ってくれるか
この“伴走の関係”がなければ、研修内容は定着しません。
制度は関係を補完するもの
支援者として痛感するのは、制度は関係を補完するものであって、関係の代替にはならないということです。
制度とは枠組みにすぎません。
その枠を動かし、意味を与え、働く人が安心して力を発揮するための基盤をつくるのは、必ず“人と人の関係”です。
定着支援のプロセスの反転
この視点に立つと、定着支援のプロセスは大きく反転します。
多くの企業は「制度 → 運用 → 関係」の順に考えますが、支援者が見るべきはその逆。
「関係 → 運用 → 制度」の順です。
- まず関係を整える
- すると対話が増える
- 対話が増えると、制度の運用が自然に回り始める
- 運用が回れば、制度が生きた形で機能する
この順番こそ、離職率が高い組織と低い組織を分ける“決定的な構造”です。
結論
制度の改善だけを重ねても、現場に変化は起こりません。
しかし、関係が整った瞬間、制度は驚くほど軽く回り始めます。
制度を変える前に、関係を整える。
これこそが支援者に求められる、定着支援の本質的な視点です。
結び|読者への問いかけ
定着支援は制度ではなく関係設計
定着支援は制度ではなく、関係設計である。
この視点に立ったとき、支援の景色はまったく違って見え始めます。制度はもちろん必要です。
しかし制度が働くかどうかを決めるのは、その裏側にある“扱われ方”であり、“声のかけられ方”であり、“相談への向き合い方”です。
支援者が現場で感じる最大の事実は、人は制度で動くのではなく、関係で動くということです。
関係の滞りが離職を生む
離職率が下がらない組織には、制度の問題に見えるようでいて、その根には「関係の滞り」があります。
声がかけられない。相談しにくい。助けを求めるのが怖い。ミスを共有できない。
こうした“関係の詰まり”が、働く人の気持ちを静かに消耗させていきます。
関係の回路が働く組織
逆に、離職率が急激に下がる組織には、制度が完璧でないにもかかわらず、関係の回路が驚くほどよく働いています。
「困っているように見えたから声をかけた」
「ミスして落ち込んでいたので横で少し一緒にやった」
「何かあったら言ってね、ではなく、こちらから聞きにいった」
こうした小さな行動の積み重ねが、職場の“続けたい理由”を静かに増やしていくのです。
支援者の役割
支援者は、その小さな行動が生まれる土壌を設計する役割を持っています。
関係の起点をつくり、声のかけ方を整え、相談の回路を太くする。
この“見えない設計”が整うと、制度が後から自然に機能し始めます。
制度の順番を変えるのではなく、制度に先んじて関係を整えることが、定着という成果を最も早く生むアプローチなのです。
読者への問いかけ
そして最後に、読者の皆さまへ問いかけます。
- 声がかけづらいまま放置されている人はいませんか?
- 相談が「後でね」と流される瞬間はありませんか?
- ミスを共有できず、一人で抱え込んでしまう場面はありませんか?
- 新人が“歓迎されている実感”を受け取れる仕組みはありますか?
結論
制度を整えるのは、最後でいいのです。
まずは人と人の間の“目に見えない流れ”を整えること。
その流れが整ったとき、組織は静かに変わり始め、働く人の「続けたい理由」は自然と積み上がっていきます。
支援者としてできることは、制度を増やすことではなく、
関係性が息をしやすい環境をつくること。
それこそが、離職の根を断ち、定着を育て、組織の未来を変える最も確かな方法です。
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