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1972年の創業以来、日本のハンバーガーチェーンの草分けとして多くの人に親しまれてきた「ロッテリア」が、ロッテリアブランドの店舗を順次ゼッテリアへ転換、または閉店し、2026年3月までにロッテリアとしての運営を終了するとされており、半世紀以上続いたブランドが姿を消すという事実に、惜別の声が上がるのも無理はありません。
しかし、この出来事を単なる「老舗ブランドの終焉」や「リニューアルの失敗・成功」として捉えてしまうと、本質を見誤ります。
今回の転換は、時代の変化に押し流された結果ではなく、「誰を迎え、誰を迎えないのか」を明確にするための、極めて戦略的な選択と見ることができます。
ロッテリアからゼッテリアへ。
メニュー構成、価格帯、利用シーン、ブランドの表情は大きく変わろうとしています。
それは「すべてのお客さまに応え続ける」経営から、「迎える相手を定める」経営への転換とも言えるでしょう。
この判断は、大企業や外食チェーンだけの話ではありません。
むしろ、多くの中小企業が日々直面している「全員を大切にしたいがゆえに、誰にも深く届かなくなる」というジレンマと地続きのテーマです。
ロッテリアの決断は、私たちに静かに問いかけています。
あなたの会社は、誰を迎えに行く経営をしていますか。
この記事を読むことで得られること
- ロッテリア→ゼッテリア転換を「老舗の終焉」ではなく、“迎える相手を定める戦略”として読み解けます
- ブランド刷新で本当に重要なのが「何を足すか」より「何を捨てるか」だと整理できます
- 中小企業でも起きがちな「迎えすぎて、誰にも刺さらない」状態から抜け出すための“線引き”のヒントが得られます
まず結論:迎える経営に必要なのは全方位のやさしさではなく、「誰を迎え、誰を迎えないか」を言語化できる明確さです。
54年続いたブランドが抱えていた“見えにくい限界”
ロッテリアは、1972年の創業以来、日本発祥のハンバーガーチェーンとして長く愛されてきました。
和風バーガーや独自メニュー、期間限定企画などで存在感を放ち、「ロッテリアといえばこれ」と語れる記憶を持つ人も少なくありません。
半世紀以上続いたという事実そのものが、ブランドとしての価値を物語っています。
しかし、長く続いたことと、選ばれ続けていることは同義ではありません。
ロッテリアは多くの人に「知られている」ブランドである一方、日常的な選択肢として積極的に選ばれているかというと、評価は分かれます。
いわば
- 「見たことはある」
- 「昔はよく行っていた」
- 「嫌いではない」
──けれど、今あえて選ぶ理由が言語化されにくい状態に陥っていたとも言えるでしょう。
固定化したブランドイメージという壁
この状況をさらに難しくしていたのが、固定化したブランドイメージです。
ロッテリアには、ロッテリアなりの“らしさ”がありました。
それは長年のファンにとっては安心感であり、思い出でもあります。
しかし同時に、その「らしさ」は
- 新しい客層にとっての魅力になりにくい
- 大胆な方向転換をしづらくする
- 中途半端な変更では「ロッテリアらしくない」と受け取られる
という制約にもなっていきます。
結果として起こりやすいのが、
- ファンはいるが、新しい支持が広がらない
- 誰かの“一番”になりにくい
という状態です。
資産が“足かせ”になる瞬間
ファンの存在は、本来、ブランドの最大の資産です。
しかし変化が必要な局面では、その資産が逆に「足かせ」として働いてしまうことがあります。
すべてを守ろうとすると、何も変えられない。
少し変えると、どこからも不満が出る。
54年続いたブランドが抱えていた限界は、衰退や失敗ではなく、
「愛されてきたがゆえに、次の姿を描きにくくなった」
という構造的な行き詰まりだったと言えるでしょう。
限界を超えるための選択
この限界をどう超えるか。
その答えが、
「ロッテリアを残す」のではなく、「ゼッテリアとして生まれ変わる」選択
だったのです。
ゼッテリアは何を“捨てた”のか
ゼッテリアへの転換で注目されがちなのは、「何が新しくなったのか」ですが、
実はそれ以上に重要なのは、何を意図的に手放したのかです。
■ ロッテリアを象徴してきたメニューの非継承
まず象徴的なのが、ロッテリアを代表してきたメニューの非継承です。
「リブサンド ポーク」をはじめとする定番商品は、多くのファンにとってロッテリアの記憶そのものでした。
しかしゼッテリアでは、それらは引き継がれていません。
これは単なるメニュー整理ではなく、
「過去の記憶を軸にしない」という明確な意思表示だと考えられます。
■ 期間限定・多品種展開からの撤退
次に大きいのが、期間限定メニューや多品種展開からの撤退です。
ロッテリアは、ユニークな期間限定商品や企画性の高いメニューを数多く投入してきました。
話題性を生み、来店動機をつくるという意味では一定の役割を果たしてきた戦略です。
一方でこのやり方は、
- メニューが覚えられにくい
- 「結局何が売りなのか」が伝わりにくい
- オペレーションが複雑になる
という弱点も抱えています。
ゼッテリアは、この路線を明確に断ちました。
代わりに打ち出したのが、「絶品チーズバーガー」一本に集中する戦略です。
■ 主力商品の明確化という“狭める戦略”
主力商品を明確にすることで、
- 店の顔が一言で説明できる
- 選択肢に迷わせない
- ブランドメッセージを一本化できる
という効果が生まれます。
これは「幅を広げる」のではなく、
あえて狭くする選択です。
■ 利用シーンの再設計
さらに見逃せないのが、利用シーンそのものの再設計です。
ゼッテリアでは、ハンバーガーだけでなくスイーツやドリンクの比重を高め、
「食事の場」から「滞在の場」へ
というシフトが見られます。
見た目の洗練、店内での過ごしやすさ、カフェ的な利用価値。
これらはロッテリア時代には前面に出ていなかった要素です。
■ ゼッテリアが捨てたもの・選んだもの
つまりゼッテリアが捨てたのは、
- 懐かしさ
- 多様さ
- 企画の面白さ
といったロッテリアの強みでもありました。
その代わりに選んだのが、
「今、誰に、どんな体験を提供する店なのか」を一瞬で伝えられるブランド設計
です。
■ ブランド刷新とは“捨てること”の決断
ブランドを生まれ変わらせるとは、何かを足すことではなく、
何を捨てるかを決めること。
ゼッテリアはその姿勢を、非常に分かりやすい形で示しています。
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この記事は「経営ラボ」内のコンテンツから派生したものです。
経営は、数字・現場・思想が響き合う“立体構造”で捉えることで、より本質的な理解と再現性のある改善が可能になります。
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「全員を迎えない」決断が意味するもの
ゼッテリアへの転換で、避けて通れないのが既存ファンの離脱です。
実際、「あのメニューがなくなった」「前の方がよかった」という声はすでに上がっています。
それは自然な反応であり、想定外の出来事ではありません。
重要なのは、それを分かったうえで進めているかどうかです。
ロッテリアからゼッテリアへの転換は、
既存ファンが一定数離れることを、あらかじめ織り込んだ再設計だと考えられます。
もし「これまでのお客さまを一人も失わない」ことを前提にするなら、
ブランドの全面転換という選択肢自体が成立しません。
ここで行われているのは、
- 「すべての声に応える経営」から
- 「応える声を選ぶ経営」への転換
です。
これは冷たい判断ではありません。
むしろ、ブランドとしての責任を引き受ける行為です。
誰のための店なのかが曖昧なままでは、
結局、誰にとっても“決め手に欠ける店”になってしまいます。
ロッテリアが長年抱えてきたのは、まさにこの状態でした。
ゼッテリアはここで、
- 誰を主な顧客として迎えるのか
- どんな利用シーンを想定するのか
- どんな体験を提供するのか
を、あらためて定義し直しています。
その結果として、
「迎えない人」が生まれるのは避けられません。
しかしそれは排除ではなく、線引きです。
迎える経営において重要なのは、
すべての人を無条件に迎え入れることではありません。
誰を迎え、誰には迎えないかを、言語化できていることです。
線引きのない迎え方は、一見優しさのようでいて、
実は誰にも深く届かない迎え方になりがちです。
一方で線引きがあるからこそ、
迎えられた側は「自分のための場所だ」と感じることができます。
ゼッテリアの決断は、
ブランドを守るために、あえて全員を迎えないという選択でした。
それは、迎える経営における成熟した判断の一つだと言えるでしょう。
中小企業でも起きている、同じ構造
この構造は、決して大企業や有名チェーンだけの話ではありません。
むしろ中小企業の現場では、もっと日常的に起きています。
多くの中小企業は、
「昔からのお客さま」「長く付き合ってくれている常連」に支えられて成り立っています。
それ自体は、誇るべきことです。
ただ、その存在が強くなりすぎると、
いつの間にか経営の判断基準が過去向きになっていきます。
- あのお客さんが嫌がりそうだから変えられない
- 前からのやり方を崩すと不安がある
- 昔の看板商品をやめる勇気がない
こうして少しずつ、「変わらない理由」が積み上がっていきます。
■ 新しい顧客にとっての“選ばれない理由”
その結果、何が起きるか。
新しい顧客にとっては、
「悪くはないが、選ぶ理由もない」存在になっていきます。
知ってはいるけれど、わざわざ選ばれない状態です。
それでも売上を維持しようとして、次に起きやすいのが商品・サービスの追加です。
- 昔からの常連向け
- 新規向け
- 価格重視層向け
- 要望が出たからとりあえず追加
こうしてラインナップは増え続け、
現場は忙しくなる一方で、
外から見ると「何が強みなのか分からない会社」になっていきます。
これは努力不足ではありません。
迎えすぎた結果、焦点がぼやけてしまった状態です。
すべての声に応えようとすると、
結果として誰の心にも強く刺さらなくなります。
「迎えすぎて、誰にも刺さらない」状態です。
■ ゼッテリアが示した“線引き”という解決策
ゼッテリアが選んだのは、
この状態から抜け出すための線引きでした。
それは特別な経営判断ではなく、
本来どの企業にも必要な問いです。
- いま、誰を一番迎えたいのか
- その人にとって、本当に必要なものは何か
- 迎えない選択を、言語化できているか
中小企業にとっても、
ブランド転換ほど大きな話でなくて構いません。
しかし、迎え方を曖昧にしたままでは、
静かに選ばれなくなっていくリスクは避けられません。
ロッテリアの事例は、
中小企業にとっても決して他人事ではない構造を、
分かりやすく可視化してくれているのです。
診断士視点:迎える相手を決めることは、捨てることでもある
「迎える経営」という言葉は、ともすると
- 誰にでも優しい
- すべてを受け入れる
- 間口を広げ続ける
というイメージで受け取られがちです。
しかし、診断士として現場を見ていると、
迎える経営は、決して“足し算”だけの経営ではないと感じます。
本質はむしろ逆です。
迎える相手を明確に決めるということは、迎えない相手も同時に決めるということだからです。
これは冷たい判断ではありません。
経営資源が有限である以上、
誰に、どこまで、どんな形で価値を届けるのかを定めなければ、
結果的にすべてが中途半端になります。
■ 迎える相手を決めることは「軸」をそろえる行為
迎える相手を決めることは、
- 商品構成
- 価格帯
- 店づくり
- メッセージ
- 現場オペレーション
あらゆる判断の「軸」を一本にそろえる行為です。
この軸が定まった瞬間、届け方の精度は一気に上がります。
迷いが減り、判断が速くなり、
「何をやらないか」が自然に決まっていきます。
■ ロッテリアからゼッテリアへの転換は象徴的な事例
ロッテリアからゼッテリアへの転換は、まさにその象徴です。
長年愛されてきたメニューや企画をすべて引き継ぐのではなく、
- 看板商品を絞り込み
- 店の使われ方を再定義し
- これから迎えたい顧客像を描き直した
という、大きな線引きが行われました。
その過程で、
- 離れていくファンがいること
- かつてのロッテリア像が消えること
も、あらかじめ織り込んだはずです。
それでも再出発を選んだのは、
「迎え続けた結果、誰にも強く選ばれなくなる」状態から抜け出すためだったと考えられます。
■ 中小企業にも同じ問いが必要
中小企業でも、同じ問いは避けて通れません。
- いまの顧客は、本当に迎えたい相手か
- 惰性で続けている商品や対応はないか
- 迎える相手が曖昧なまま、頑張り続けていないか
迎える経営とは、
優しさを広げることではなく、覚悟をもって焦点を絞ることです。
ロッテリアからゼッテリアへの転換は、
「捨てたからこそ、再び迎え直せた」再出発の形を、私たちに示しているのではないでしょうか。
まとめ|迎える経営に必要なのは「全方位」ではなく「明確さ」
かつては、「できるだけ多くの人を迎えること」が
そのまま成長につながる時代もありました。
商品を増やし、選択肢を広げ、要望に応え続けることが
“親切な経営”だと受け取られていた時代です。
しかし今、全員を迎えに行く経営は、
かえって誰にも強く選ばれなくなるリスクを抱えています。
情報も選択肢もあふれる中で、
「結局、何の店なのか分からない」存在は埋もれてしまうからです。
選ばれるためには、
選ばれなくなる覚悟が必要です。
すべての声に応えないこと、
すべての期待を満たそうとしないことは、
冷たさではなく、経営上の意思表示です。
ロッテリアからゼッテリアへの転換は、
特別な大企業だけの大胆な実験ではありません。
むしろ、多くの中小企業が日々直面している
「このままでいいのか」という問いへの、ひとつの答えです。
誰を迎え、誰には迎えられないのか。
どんな価値を届け、どこには踏み込まないのか。
それを明確にすることが、
商品やサービスの精度を高め、
結果として選ばれる理由になります。
迎える経営に必要なのは、全方位への配慮ではありません。
必要なのは、「誰のための経営なのか」という明確さです。
中小企業にとっても、
「誰を迎えるか」を決めることは、
守りではなく、次の成長に向けた一歩です。
ゼッテリアへの転換が示しているのは、
変わることそのものよりも、
迎え直す勇気の大切さなのかもしれません。
結論:捨てることは、誰かを深く愛すること
「迎える相手を絞る」ことは、誰かを排除することではありません。むしろ、特定の誰かに対して「ここはあなたのための場所です」と、全力を注ぐための誠実な態度です。
ロッテリアがゼッテリアに変わるように。私たちも、未来の「迎えるべき相手」のために、今日何を捨てるかを決める必要があります。
あなたの経営の「線引き」は、どこにありますか?

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