
動画で見る診断ノートの記事説明
※この動画は「診断ノート」全記事に共通して掲載しています。
新しい農水大臣が打ち出した「お米券」施策は、物価高対策として注目を集めました。しかし一方で、「本当に困っている人に届かない」「農家の持続性にはつながらない」といった声も上がっています。
私は中小企業診断士としてこの問題を、単なる賛否ではなく、日本の食料サプライチェーンの構造的非効率が背景にあると捉えています。補助金や一時的な消費喚起ではなく、農家と生活者の間にある流通構造を再設計することで、価格は正直になり、国産米を次世代へ確かに受け渡すことができます。今回は、その「構造」と「サプライチェーン最適化の解決策」を丁寧に見ていきます。
江戸時代の大阪で使われたとされる言葉、「三方良し」。これは近江商人によって広められた「売り手良し、買い手良し、世間良し」という理念のことですが、令和の米騒動をサプライチェーンの視点から構造的に解決する一手となる「三方良し」の施策を、中小企業診断士の視点から丁寧に提言します。
この記事を読むことで得られること
- 「令和の米騒動」やお米券の議論が浮き彫りにした、生活者と農家の“すれ違い”の構造が整理できます
- 近江商人の理念「三方良し」を軸に、対立ではなく“関係の再設計”で価格を正直にする視点が得られます
- JAの役割転換(調整→インフラ)・直販/物流の最適化など、現場で無理なく始める具体的な方向性が掴めます
まず結論:令和の米騒動は「誰かを責める」問題ではなく、三方良しの思想で“間の仕組み”を直し、生活者と農家を近づける――JAを「支える側」へ再設計することが解決の筋道です。
「お米券」議論が浮き彫りにした生活者と農家のすれ違い構造
「お米券」の議論が示した、すれ違う二つの現場の声
物価が上昇し、家計に負担がかかる中で、食卓は「日々の暮らしの安心」を象徴する場所でもあります。
とりわけお米は、多くの家庭にとって「主食」というだけでなく、「文化」や「生活リズム」を支えてきた存在です。
一方で、国内の農家は肥料・燃料・資材の価格高騰の影響を受け、従来の価格帯のままでは経営が成り立ちにくい状況が続いています。
農水省の統計でも、2022年以降、米農家の生産コストはおおむね1.1~1.3倍に上昇しています(※出典:農水省「農業経営統計」)。
つまり、「家計と食卓を守りたい生活者」と、「価格に押しつぶされそうな農家」は、実は同じ方向を向いているはずなのです。
本来、この二者は味方同士です。
しかし、今回の「お米券」をめぐる議論が大きな反応を呼んだ背景には、この“同じ方向を向いた二者”が、なぜか対立してしまう構造があるように思えます。
- 「国は国民を助けたい」と掲げます
- 「農家を支えたい」という声もあります
しかし、実際の施策は、両者が互いに近づく仕組みにはなっていません。
ここに、今回の本当の論点があります。
「お米券」が解決できない構造的な問題
お米券は一時的な家計支援としては理解できます。
しかし、農家の生産体制や消費者の選択肢、流通構造そのものには手をつけていません。
つまり、現場が抱える本当の苦しさには届いていないのです。
現在の米の流通は次のような構造で成り立っています(わかりやすく簡素化したシミュレーション):
| 流れ | 金額 |
|---|---|
| 国民(生活者) | → 100の支払い |
| 農家 | → +50の収入 |
| JA・流通 | → +50の収益(マージン・物流管理費など) |
ここで重要なのは、国民の負担100のうちすべてが実体的な価値に支払われているわけではないという点です。
農水省の資料によると、国の備蓄米の保管・廃棄・流通管理には年間約500億円前後のコストが発生しています(※引用:農林水産省「米政策の現状と課題」)。
また、地域ごとに分断された物流網や、複数段階を経由する集荷・集積体制により、「運ばれているだけで価格が上がる」という非効率性も存在します。
言い換えればこうです:
- 農家が高い利益を得ているから米が高いのではない
- 構造的な“ムダ”によって国民の負担が増えている
- 農家自身も、その“ムダ”によって恩恵を受けているわけではない
だから両者は「味方」になれる
ここであらためて整理します:
- 生活者は「食卓を守りたい」
- 農家は「生産を続けられる環境を守りたい」
両者は、同じ方向を向いています。
問題は、両者の間にある構造です。
- 備蓄米の無駄
- 非効率な物流網
- 不透明な中間マージン
これらが、両者を「遠ざける壁」になっているのです。
だから必要なのは、誰かを批判することではなく、生活者と農家が直接近づける、構造そのもののアップデートです。
お米券は「家計」だけを見ています。
しかし、本当に守るべきは「関係性」です。
価格の壁を取り除くための仕組み再設計とJAの役割転換
“価格の壁”を取り除くための、仕組みの再設計
第1セクションでは、生活者と農家は本来「同じ方向」を見ているにもかかわらず、それを遮る構造的な壁があることを整理しました。
ここからは、その壁をどのように取り除き、「生活者は無理なく、農家は誇りを持って働ける」という状態を実現できるのかを見ていきます。
そのとき、鍵となるのは価格の構造です。
現状の価格構造(例示モデル)
| 主体 | 金額 |
|---|---|
| 国民(消費者) | ー100 |
| 農家 | +50 |
| JA・流通 | +50 |
ここでは、国民だけが大きな負担を背負い、農家・JAが収入を得るという形になっています。
しかし、国民の支払う「100」の内訳には、必ずしも価値につながらないコストが含まれています。
- 備蓄米管理や廃棄を前提とした制度設計
- 地域ごとに分散した物流・集荷
- 市場価格ではなく、組織的調整に依存した価格形成
- 旧来型の事務や調整業務コスト
この「ムダ」「非効率」「不透明」を少しずつ解消できれば、
国民の負担(100)を50まで引き下げても構造は維持できるのです。
目指すべき新しい構造(可能な姿)
| 主体 | 金額 |
|---|---|
| 国民(消費者) | ー50(以前の水準に近づける) |
| 農家 | +50(収入は維持) |
| JA・流通 | +50(収入は維持:ただし稼ぎ方を変える) |
ここでポイントは、誰も損をする必要がないということです。
「ムダの50」を減らせばよい。
誰かを切り捨てる改革ではなく、無駄を手放す改革です。
では、どう削減するのか?
| 削減対象 | 内容 | なぜ減らせるのか |
|---|---|---|
| 備蓄米の廃棄・保管コスト | 国の備蓄政策上のロス | 需給データの一元管理で過剰在庫を抑制 |
| 物流の非効率 | 地域ごとの小さな集荷網 | JAが物流インフラの中核として再編成できる |
| 不透明な中間マージン | 「誰が何に取っているのか分かりづらい」構造 | 価格形成をサービス利用料化し、透明にすればよい |
つまり、単に「中抜きカット」ではなく、
JAの役割を“価格調整者”から“インフラ提供者”へ切り替えるという役割転換が核心です。
JAは「中抜き」ではなく「支える側」へ
| これまで | これから |
|---|---|
| 販売価格からマージンを得る | 物流・品質管理・EC支援をサービスとして提供 |
| 農家の販売ルートを管理 | 農家の直販チャネルを支援し、伴走する |
| 組織内部に価値が閉じている | 地域の食と暮らしのプラットフォームになる |
JAは「なくすべき存在」ではありません。
むしろ、JAが変わることこそ、日本の農業と地域経済を守る鍵になるという視点が、ここではとても重要です。
農家と生活者が直接つながると「価格は正直」になる
例えば:
- 産地から直接お米が届く定期便
- 生産者の顔・地域のストーリーが伝わる銘柄米
- 収穫や田植えを通じた「関係人口」の形成
これらは、単なる販売方法ではありません。
「知らない誰か」ではなく、「支え合う相手」として関係が生まれる構造です。
関係が育つと、価格は「値段」ではなく「納得」になります。
そして、ここが重要です:
- 農家が値下げを強いられない
- 消費者が、無理なく選べる
その中間にあるのが新しいJAの役割なのです。
▶︎ [初めての方へ]
この記事は「経営ラボ」内のコンテンツから派生したものです。
経営は、数字・現場・思想が響き合う“立体構造”で捉えることで、より本質的な理解と再現性のある改善が可能になります。
▶︎ [全体の地図はこちら]
なぜこのモデルは“絵に描いた理想”ではないのか 実例と文化を踏まえた現実的な提案
理屈は分かる。でも本当にうまくいくのか?
ここまでの話を聞くと、
なるほど、理屈は分かる。
でも本当にそんなにうまくいくのだろうか?
と感じる方は少なくないと思います。
日本の農業は、地域性・季節性・土地文化が深く根づいた産業です。
そのため、外側から急激な効率化や構造改革を押しつけると、
たちまち現場が疲弊したり、文化そのものが失われかねません。
だからこそ、今回の提案は
“壊す”のではなく“意味を置き換える”ことが中心になります。
他の産業ではすでに「中間の役割のアップデート」が起きている
たとえば、音楽業界。
かつては CD → レコード店 → 消費者 という物理流通が中心でした。
しかしいまは、
音楽ストリーミング(サブスク)という“関係性のプラットフォーム”が主流です。
- 中抜きが消えたのではなく
- 中抜きの“役割”が変わった
同じことは、書籍、小売、旅行、教育など多くの産業で既に起こっています。
そこで「中間にいた企業」はどうなったか?
→ 物流支援・ブランド発信・ファンコミュニティの運営など、価値のある役割を提供する側へと移行しています。
これはまさに、今回提示した
「JAをインフラ提供者へ」というモデルと同じ方向です。
そして、既に“農の世界でも”始まっている
| 取り組み | 地域 | 要点 |
|---|---|---|
| 地域商社型モデル | 高知県・宮崎県など | JAに代わり、地域内で物流と販路を一本化し、農家の価格決定権を部分回復 |
| 産直EC(例:食べチョク、ポケットマルシェ) | 全国 | 農家と生活者が直接つながることで、「買い支え」ではなく「選んで応援する」構造を育む |
| 関係人口創出型の農園サポーター制度 | 北海道・新潟など | 定期購入と産地訪問がセットになり、「米を買う」から「育てる一部になる」体験へ |
これらはまだ「点」の取り組みではありますが、方向性はすべて一致しています。
つまり――
農家と生活者は、つながれば守り合える。問題は“間”の仕組みであって、どちらかが悪いわけではない。
JAは「なくすもの」ではない。むしろ“支点”になる
ここが今回最も誤解されやすい点ですが、
提案しているのは“JAの排除”ではなく“役割の再設計”です。
JAは全国に物流拠点、検品の基準、人材ネットワークを持っています。
これは他産業ではすぐに再現できるものではありません。
- 農家が単独で直販を進めるのでは苦しい
- ECプラットフォームだけで地域経済は守れない
という現実において、
JAは「中抜き」ではなく「支える軸」として必要な存在なのです。
今回の提案の核心はここです:
JAが価格調整の主体 → 物流・品質保証・販路支援のサービス提供者へ
これにより、
- 費用の透明化
- 無駄の削減
- 国民負担の低減
- 農家の収入安定
- JAの持続可能な運営
このすべてが同時に成立します。
決して「誰かを切り捨てる改革」にはなりません。
この方向性は「文化を守りながら」「未来に投資する」改革
米を作るということは、
土地・水・気候・技術・家族・生活リズムなど
多層的な文化に支えられています。
だから、改革は“速さ”よりも“方向”が重要です。
今回の提案は、
- 農家と生活者を近づけること
- JAを次の役割へと移行させること
- 無駄を手放し、本当に必要な部分に手をかけること
この3つを通じて、
米を守るのではなく、「米と生きられる社会」を守る改革です。
“食卓の未来”を守るのは、私たち一人ひとりの選択
お米券の議論が投げかける「食の未来」の問い
今回の「お米券」をめぐる議論は、単なる政策の賛否にとどまらず、
私たちが「どんな食の未来を望むのか」という問いを投げかけているように思います。
生活者の台所事情も、農家の経営も、どちらも日々の暮らしの中にあります。
だからこそ、対立する構図ではなく、同じ側に立つ構図を取り戻す必要があります。
見るべきは「正しさ」ではなく「無理が生じている場所」
重要なのは、「何が正しいか」ではなく、
「どこに無理が生じているのか」を見つめることです。
今、国民が支払う100のうち、実体的な価値につながらない「ムダ」の部分が約50ある。
これは、誰かが得をしているという話ではなく、構造が古いまま残っているということです。
- 無駄を手放し、農家と生活者が直接近づけるようにする
- JAが「中抜きする存在」ではなく「支える存在」になる
その変化は、社会を揺さぶるような急激な改革ではありません。
じわりと、しかし確かに、地域の生活のなかから変わっていく性質のものです。
すでに始まっている変化の兆し
- 産地直送の定期便
- 農家のストーリーを伝えるブランド米
- 地域に根づいた直売所文化
- 農園を「応援する関係人口」の取り組み
これらは「特別な取り組み」ではなく、
「農家と生活者が互いを見つけるための仕組みの再構築」です。
選べる状態が「納得の価格」を生む
大切なのは、「選べる状態」をつくること。
- 農家が、売り先を選べること
- 生活者が、誰の作った米を食べるかを選べること
この“選べる状態”が増えていくと、価格は自然と「納得のあるもの」へ近づきます。
それは、誰かが安く我慢したり、誰かが無理に支えたりする世界ではありません。
支え合う相手が、ちゃんと見える世界です。
制度ではなく、選択とつながりが未来をつくる
日本の食の未来は、「制度」が決めるだけではありません。
日々の選択と、つながりの築き方で変わります。
食卓にのぼるお米の向こう側に、
顔があり、名前があり、暮らしがある。
その実感を取り戻すことこそ、
今、私たちが最も大切にできる「未来への投資」なのだと思います。

コメント