
多くの企業は、採用に力を注ぐ一方で、「迎え方」そのものの設計が抜け落ちています。
初日の声かけ、配属前の説明、最初の1週間の伴走──。
どれかひとつが欠けるだけで、新しく入った人は「自分は必要とされていないのかもしれない」と感じてしまいます。
A社もまさにそうでした。
サービス業で18名規模、慢性的な人手不足。採用活動は成功しても、3か月以内に4割弱が離職してしまう。
社長は「最近の若い人は続かなくてね」とこぼしていましたが、話を深く聞くと、
辞めていった人たちが口をそろえて残していたのは、能力や給料ではなく、“迎えられなかった感覚”でした。
そこで導入したのが、迎える経営論をベースにした初期オンボーディングの再設計。
入社3日以内に必ず実施する「迎え面談」、先輩スタッフ全員で使う“迎え方マニュアル”、
さらに、初週の行動を明確にナビゲートするシンプルな「みえるシート」型の導入ツール。
施策は派手ではありません。
しかし、迎え方の温度と一貫性が整うと、組織は静かに変わり始めるのです。
3か月離職率は38% → 16%。
半年後には、定着率72%というA社にとって過去最高の数字が生まれました。
これは特別な会社の物語ではありません。
迎え方を整えた企業であれば、どこでも起きうる変化です。
■ 導入企業概要と当時の悩み|「採用できた」のに「定着しない」構造的欠陥
A社は、郊外に3店舗を展開するサービス業の中小企業です。従業員は18名、パート・アルバイトと若手正社員で構成されており、慢性的な人手不足が続いていました。
A社の特徴的な課題は、「採用はできている」のに「定着しない」という構造的な矛盾にありました。
求人を出せば応募はあり、面接の手応えも悪くない。
しかし、入社後3か月以内の離職率は38%という高水準。
せっかく採用した若手が、研修期間の途中で突然来なくなる、数週間で音信不通になるなど、採用コストと教育コストばかりが膨らみ、現場は常に疲弊状態でした。
「最近の若者は続かない」という誤った認識
代表や店長たちは、この状況に対し、「最近の若者はすぐ辞める」「メンタルが弱い」と、離職の原因を個人側に求めていました。
しかし、ヒアリングを進めるほど浮かび上がってきたのは、“辞めた理由”が会社側は何も把握できていないという事実でした。
辞めたスタッフが共通して残していたのは、以下のような曖昧だが本質的な言葉です。
「なんとなく居場所がない感じがした」
「仕事より、人との距離がつかめなかった」
つまりA社は、業務マニュアルや制度上の研修は整えていたものの、「迎えられている実感」を届ける“迎えるプロセス”が完全に抜け落ちていました。初日のオリエンテーションは担当者によってバラバラで、声をかける人がいなければ黙々と作業に追われてしまう。新人にとって最も不安な最初の3日間を、組織として設計できていなかったのです。
A社は、「辞める理由がわからないまま採用だけを続けている」状態、すなわち初期オンボーディングの段階に“見えない穴”を抱えていました。
この見えない穴を埋め、離職の構造を変えるために導入したのが、迎える経営論の初期オンボーディングの視点でした。
■ 施策|迎える面談・行動チェックリストで“迷わない初日”をつくる
A社が最初に取り組んだのは、「初日に迎えられている実感をつくる」という一点でした。
従来のA社では、入社初日、現場リーダーが忙しく、挨拶だけして実務に入ることが多い――いわゆる“放置オンボーディング”の状態がありました。
本人は「何をしていいか分からない」
現場は「何を任せていいか分からない」
この“両側の分からない”が離職の温床になっていました。
そこで導入したのが、迎える経営論でいう「迎える面談」と、全スタッフ共通の「迎え方チェックリスト」です。
● 1|迎える面談(入社3日以内)
入社初日〜3日以内に、店長が必ず30分時間を確保し、以下の4つだけを確認するシンプルな面談を設計しました。
- 不安をそのまま言語化してもらう
例:「今日、不安だったことありますか?」 - その人が働く理由を聞く
例:「なぜA社を選んだのか、ぜひ教えてください」 - 困ったときの相談ルートを明確化する
例:「悩んだらこの順で相談してくださいね」 - 短期の成功体験を一緒につくる
例:「まずは3日以内に“これができた”を一緒に作りましょう」
面談の目的は“情報の確認”ではなく、
「あなたを迎えています」
「あなたを独りにしません」
という状態を届けることです。
これだけで、若手の表情が明らかに変わりました。
● 2|迎え方チェックリスト(全スタッフ共通)
誰が迎えても「同じ体験」を提供できるように、全スタッフ向けのミニマムなチェックリストを作成しました。
〈チェック項目例〉
- 初日に声をかけるタイミングを3回設定
- 必ず仕事内容の“理由”から説明する
- 「困ったら5秒以内に声をかけてね」の一言を伝える
- その日のうちに“できたこと”を必ず1つフィードバック
- 終礼で「明日の流れ」を30秒だけ共有する
特別なツールは一切使っていません。
紙1枚、Googleスプレッドシート1つで十分です。
しかし、この“迎え方の標準化”によって、
「迎えられている実感」が全新人に均等に届くようになりました。
その結果、入社直後の迷いや孤立が大幅に減り、
「もう少し頑張ってみよう」という前向きな感情が自然に生まれました。
◆ 効果──初期離職率は「38% → 16%」へ
施策を導入して3か月後、A社では目に見える変化が現れました。
最も改善が難しいとされる「3か月以内の離職」が、導入前の38%から16%へ半減しました。
特に、初期オンボーディングに躓いていた若手層の離職が大幅に減りました。
さらにヒアリングを重ねると、数値以上の質的変化も確認できました。
- 「最初に“迎えられた”実感があったので、困った時に相談しやすかった」
- 「担当者によって言うことが違うストレスがなくなった」
- 「3日以内の迎え面談で、自分の不安が早めに解消された」
A社は、特別な制度を新設したわけでも、高額な外部研修を導入したわけでもありません。
迎える経営論のコアである“はじめの迎え方”を整えただけで、離職の構造が変わったのです。
初期オンボーディングが改善すると、職場への定着だけでなく、
その後の育成・挑戦のサイクルまでもがスムーズに回り始めます。
A社の事例は、迎える経営論が「理念」ではなく、
現場で数字を動かす“実務フレーム”であることを証明するケースとなりました。
■ 支援の設計思想|井村は「何をし、何をしなかったのか」
本事例において、私が担った役割は、現場に深く入り込んで指示や改善を繰り返すことではありません。
むしろ意識したのは、「現場が自ら迎えられる状態をつくるための設計だけを行う」という立ち位置でした。
● 井村が行ったこと──迎え方の“設計”と“翻訳”
具体的に私が行ったのは、以下の3点に集約されます。
-
離職の原因を「人」ではなく「迎え方の構造」として再定義したこと
「若者が続かない」という認識を、初期オンボーディングに潜む構造的欠陥として整理しました。 -
迎える行為を、感情論ではなく行動レベルに落とし込んだこと
迎え面談・チェックリスト・初期行動設計など、誰でも再現できる形に翻訳しました。 -
“迎えられている実感”が新人に届くまでの導線を設計したこと
初日・3日以内・初週という時間軸で、迎え方の温度と一貫性が保たれる構造をつくりました。
いずれも、「こうしてください」と現場に指示を出す支援ではありません。
現場が迷わず迎えられるための“設計図”を渡すことに徹しました。
● あえて行わなかったこと──現場に委ねた領域
一方で、本支援では意図的に行わなかったこともあります。
- 現場スタッフへの直接指導や説得
- 日々の運用への細かな介入
- 成果を急がせるためのKPI管理
これらを行わなかった理由は明確です。
迎える文化は、外部支援者が動かすものではなく、現場が“自分たちのもの”として育てる必要があるからです。
私は、迎え方の正解を教えるのではなく、
「迎えるとはどういう状態か」を共有し、
それを現場が自分たちの言葉と行動に置き換えられる余白を残しました。
● 設計だけで結果が出た理由
結果として、3か月離職率は38%から16%へと大きく改善しました。
この成果は、私が現場を動かしたからではありません。
迎える行為が、属人的な善意から“再現可能な構造”に変わったことが最大の要因です。
迎える経営論における支援の本質は、
「やり方を教えること」ではなく、
現場が自走できる迎え方の構造を設計することにあります。
A社の事例は、その設計が正しく機能すれば、
外部支援が最小限であっても、組織は確実に変わることを示しています。
なぜ改善したのか(迎える視点からの分析)
A社の改善の核心は、施策そのものではなく、「迎え方の設計」によって新人の“物語”が変わったことにあります。
これまでA社では、初日のオリエンテーションや担当者ごとの指導が「個人の感覚」に依存していました。
その結果、新人は自分が大切にされているのか、期待されているのか、相談してよいのかが読み取れず、早期離職につながっていました。
迎える経営論では、この“初期の曖昧さ”こそがもっとも離職を生むポイントだと定義します。
迎え面談を導入したことで、新人は次の3つを“受け取る”ことができました。
- あなたを歓迎していますという明確なメッセージ
これにより「場違い感」「疎外感」が消え、所属意識がいち早く形成されます。 - 相談してよいラインが可視化される
心理的負担が減り、早い段階で困りごとを吸い上げられる環境が整います。 - 会社としての“迎え方”が統一される
新人が指導者によって扱われ方が変わる“運ゲー状態”が解消され、公平で安定した成長軌道に乗れるようになります。
これらが相乗し、新人が「迎えられている」という確かな実感を持ったことが、離職率38% → 16%の劇的改善につながりました。
迎える経営論の核心は、制度や研修ではなく、
人の感情と行動が変わる“迎える構造”そのものを設計することにあります。
A社で起きた改善は、その思想が実務の場で再現性を持つことを示す象徴的なケースと言えます。
◆ まとめ──“迎える”を整えるだけで、組織は変わり始める
A社の取り組みは、特別な投資や高度な制度改革ではありません。
行ったのは、
- 最初の3日間の迎え方を整えること
- 迎える面談と行動チェックの仕組みをつくること
- 現場の「迎え方」を統一し、誰が担当しても同じ安心感を届けること
ただそれだけです。
しかしその“小さな整備”が、3か月離職率を38% → 16%にまで押し下げ、
6か月定着率を72%に引き上げました。
迎える経営論の核心は、まさにここにあります。
「人は辞めるのではなく、迎えられなかったから離れる」
A社はその逆を実証しました。
迎えられた実感がある人は、職場に居場所を見いだし、迷った時の相談相手を持ち、挑戦に踏み出しやすくなります。
それが巡り巡って、組織全体の安定、育成コストの削減、顧客対応の質向上へと波及します。
◆ この事例から学べること
- 「制度」よりも「迎え方」を整えるほうが効果が早い
- 特に初期オンボーディングは、離職率に最も影響する
- 面談の“最初の一言”を統一するだけでも、空気は変わる
- 小さな行動設計が、チームの安心感・求心力を決める
迎える経営論は、理念的な話に見えて、実は“現場で使えばすぐに結果が出る”実務フレームです。
◆ 今後に生かすために
A社のケースはあくまで一例ですが、
同じような課題は、小売、サービス、介護、製造、IT……業種を問わず至る職場に存在します。
- 迎え面談の設計
- 初期オンボーディングの統一化
- 迎え方の行動リスト化
- “みえるシート”による定着状況の可視化
これらを組み合わせることで、再現性のある定着改善モデルがつくれます。
本事例はその“入口”であり、迎える経営論のもっとも実務的な側面を象徴しています。
◆ 総括
A社のような成果は、決して特別な企業だけに起こるものではありません。
迎える経営論は、誰でも・すぐに・コストをかけずに実践できる方法です。
そして、この事例こそが示すように──
迎え方が変われば、人は変わり、組織は変わる。
迎えることは、“優しさ”ではなく“設計”なのです。
