先送りの代償はどこに現れるか─東京電力の過去最大赤字から考える、持続可能な経営の条件【診断ノート】 | ソング中小企業診断士事務所

先送りの代償はどこに現れるか─東京電力の過去最大赤字から考える、持続可能な経営の条件【診断ノート】

先送りの代償はどこに現れるか─東京電力の過去最大赤字から考える、持続可能な経営の条件【診断ノート】

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※この動画は「診断ノート」全記事に共通して掲載しています。

東京電力が、ことし9月までの半年間で7100億円を超える赤字を計上しました。ニュースだけを見ると「経営が悪化しているのでは?」と感じるかもしれません。しかし実際には、本業の利益はむしろ増えており、赤字の大半は「福島第一原発の廃炉に向けた費用」を一度に計上したことによるものです。
すぐに成果が見えない投資を、長期にわたって続けること。利益よりも「果たすべき責任」を優先すること。これは、大企業だけの話ではありません。私たち中小企業にとっても、「未来のために、今どれだけ備えられるか」という問いは、現場の経営判断にそのまま重なってきます。

この記事を読むことで得られること

  • 東京電力の「赤字7100億円」の中身(廃炉費用の前倒し計上)を手がかりに、損益の見方=費用計上のタイミングと“責任・投資”の関係が整理できます
  • 中小企業における「先送りのコスト」と、設備更新・仕組み化・人材育成などの長期投資を正しく位置づける視点が得られます
  • 「兆しで動く」「償却で考える」「属人化を外す」──明日から使えるチェックリストで最初の一歩が明確になります

まず結論:赤字は必ずしも“悪化”ではありません。
自社の経営に置き換えれば、「責任と未来に向けた前倒し投資」を選び、先送りを断ち“兆しで動く”設計に切り替えることが持続性を高める近道です。

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東京電力 赤字7100億円の中身と廃炉費用が決算に与えた影響

今回の赤字は「経営悪化」ではない──数字の背景を整理する

今回のニュースでは「赤字7100億円余」「過去最大の赤字」という言葉が大きく報じられました。しかし、まず整理したいのは、この赤字は単純な「収益が悪化した結果の赤字」ではないという点です。むしろ本業部分を示す営業利益は前年より増加しており、東京電力グループの収益基盤そのものが悪化しているわけではありません。

決算における赤字の主な要因は、福島第一原発の廃炉事業の中でも最も困難とされる「核燃料デブリ」の取り出しに向けた準備費用を、一気に特別損失として計上したことにあります。廃炉作業は40年にも及ぶ長期計画であり、設備の検証や技術開発、作業手順の策定など、見えないコストが積み重なります。この費用は、短期的には企業の利益を押し下げるものの、「福島に対する責任」という長期テーマを果たすためのものです。

ここで重要なのは、今回の赤字が「過去最大」と表現されていても、それが“負の経営状態”を意味するとは限らないということです。決算書上の損益は、「どの費用をどのタイミングで計上するか」の判断によって大きく変わります。未来に向けた設備投資や責任対応の費用を、当期にどれだけ織り込むかは、経営の意思そのものでもあります。

さらに、廃炉作業は収益を直接生まない領域です。事業として採算性を追うというよりも、「企業として果たすべき責任」に軸を置いた取り組みです。このような“収益と責任の両立”は、大企業だけに求められるテーマではなく、実は中小企業の現場にもそのまま当てはまります。

たとえば、

  • 設備更新や建物補修など「本当は先送りしたい支出」
  • 人材育成や仕組み化といった「すぐに成果が見えない投資」
  • 過去の対応や契約関係の整理といった「気になりながら保留している課題」

こうした“いまは痛みを伴うが、未来のために必要な支出”は、どの会社でも発生します。しかし、目先の利益を優先するあまり、投資や改善を先送りしている会社は少なくありません。

今回の東京電力の決算からは、「長期的な責任に向き合う姿勢は、短期数字には見えにくい」という点を読み取ることができます。そして、この構造は中小企業の経営にそのまま置き換えられます。

未来のために「いま」負担を引き受けるのか。
それとも、負担は先延ばしにして「その時が来たら」考えるのか。

数字に表れない経営判断こそ、企業の体力と姿勢を映します。

中小企業でも共通する「長期投資と責任」の判断ポイント

  • 短期業績と長期課題のバランスをどのように取るかを検討します。
  • 費用計上のタイミングは経営判断であり、戦略としての意味を持ちます。
  • 収益を生まないが必要な投資をどう正当化し、実行するかを明確にします。

中小企業が取るべき未来に備える支出の定義と優先順位

中小企業にとっての「未来に備える支出」とは何か

東京電力の廃炉対応は、一般の中小企業とは規模も背景も異なります。しかし、「いま成果が見えない投資」と「将来に向けた責任」をどう捉えるかという点では、まったく同じ構造が現場にも存在します。

中小企業の経営相談の現場では、次のような場面をよく耳にします。

  • 設備が古くなって故障が増えているが、更新費用が重く、先送りしている
  • 事務処理が属人的で非効率だが、システム導入に踏み切れない
  • スタッフ育成に時間を割けないため、「できる人」に仕事が集中している
  • 店舗や工場の修繕、老朽化への対応を“とりあえず”で済ませてしまう
  • 在庫や顧客データ管理を手作業で続け、ミスは増えているが、仕組み化できていない

表面上は「まだ動けるから」「今は節約したいから」と先送りになりがちですが、こうした“先送り”は必ずどこかで経営体力を奪います。

それは、まるで「廃炉」や「設備更新」と同じで、

  • 早く向き合うほど、手間もコストも少なく済む
  • 先送りするほど、影響範囲が大きくなり、回復コストが増える

という性質があります。

現場でよく起こる悪循環の構造

現場でよく起こる悪循環
先送りする
 ↓
トラブル・属人化・疲弊が進む
 ↓
対応に追われ、改善に手が回らない
 ↓
さらに先送りになる

このループに入ると、企業は「日々の業務を回すこと」だけに追われ、未来の準備ができなくなります。利益が出ている時期ほどこのループが見えにくく、気づいた頃には体力が弱り、改善にかける余力も削られてしまいます。

長期視点で早めに投資するべき具体項目

一方で、長期視点を持つ企業は次のような投資に早めに踏み切ります:

  • 設備更新:壊れてからではなく「壊れる前」に。
  • 仕組み化・IT化:手が回らなくなる前に、データと作業を整理する。
  • 人材育成:即戦力を外に求めるのではなく、内側の育成を計画的に行う。
  • 顧客との関係構築:売上が安定している時期こそ、次の顧客接点を育てる。

ここに共通しているのは、「利益の最大化」ではなく、「事業を続ける力(持続性)の確保」を優先している点です。

そして今回の東京電力の決算は、そのことを象徴的に示しています。

利益が出ていようが出ていまいが、
目先の数字に現れようが現れまいが、
“果たすべき責任を先に引き受ける”という判断が、企業の姿勢を決める。

中小企業であればそれは、

  • 社員の働く環境に向き合うこと
  • お客様に対する約束を守り続けること
  • 「続けるための仕組み」を前倒しで整えること

に置き換えられます。

中小企業が備えるべき未来投資の視点と実践チェックリスト

今すぐは見えない未来に備えるための視点とチェックリスト

中小企業にとって、「将来に備える投資」は、明確な効果がすぐに見えにくい分、判断の難しいテーマです。しかし、現場を見ていると、“備えている会社”と“後手に回る会社”には、共通して明確な違いがあります。

ここでは、すぐに取り組める実践的な視点を整理します。

兆しで動く視点「不具合が起きてから動くのではなく兆しで動く」

機械の異音、スタッフの疲弊感、顧客からの小さな指摘など、
“兆し”の段階で改善に動けるかどうかが、その後のコストを大きく左右します。

兆しに気づく会社の特徴

  • 現場の声を集める仕組みがある
  • “慣れ”で流さず、違和感を言語化する文化がある
  • 「いま問題がないか」ではなく「将来の詰まりはどこか」で考える

兆しを掴む力は、規模ではなく姿勢で決まります。

固定費・投資の考え方「償却イメージで見る」

たとえば設備更新やシステム導入は、一度に費用が重く感じられます。しかし、これらは多くの場合「5~7年で分割して回収する投資」と捉えるべき領域です。

判断軸 NGな考え方 良い考え方
設備更新 壊れたら考える 費用を年間に割って判断する
システム導入 高いから先送り 人件費+ミス削減効果で考える
人材育成 余裕が出たら 余裕をつくるために先に始める

コストは「費用」ではなく「持続性を買うための対価」だと考えるべきです。

人と仕組みを同時に強化する視点

現場で最も多いのは、業務が属人化しすぎて、替えが効かない状態です。

  • Aさんしか顧客対応ができない
  • Bさんしか集計ができない
  • 店長が休むと現場が動かない

これは、見方を変えれば 「偶然に支えられた経営」 です。持続可能な形にするためには、標準化、ツール化、引き継ぎできる資料化、役割の再設計といった “仕組み” による底上げが不可欠です。

未来に備えるための簡易チェックリスト

質問 YES NO
設備・システム・仕組みで「5年以上使っているもの」はないか
その領域に「代替できない人(属人化)」は存在しないか
トラブルが起きたとき、すぐに再発防止が議論されているか
“兆し”を拾うための定例ミーティングや共有文化があるか

NOが多いほど、未来への負担が“積み上がっている”状態です。

先送りを断つための問いかけと実践ポイント 経営の持続性を守るために今確認すべき項目

読者への問いかけ:今、“先送りになっているもの”は何ですか

今回の東京電力の赤字は、ある日突然生まれたものではありません。
長い時間をかけて積み重なってきた「向き合わざるをえない課題」が、ついに表面化した結果です。

経営は、ときに「先送りの連続」です。

  • 今は忙しいから来期でいい
  • 人が育ってから取り組めばいい
  • トラブルが起きたら考えよう

こうした判断は日々の現場では合理的です。しかし、その“先送り”が積もるほど、のちに払うコストは指数関数的に大きくなることも、現場で多く見てきました。

「備え」に踏み出すきっかけは、劇的な必要性ではなく、
“少し気になる”という直感で十分です。

では、あなたの会社ではどうでしょうか?

  • 更新できていない設備・ツールはありませんか?
  • 属人化している業務は放置されていませんか?
  • 「わかってはいるけれど」止まっている取り組みはありませんか?

経営の持続性は、派手な投資ではなく、
“見えている課題に、少しずつ手を付け続けること” で育っていきます。

今日のニュースを、
「大企業の話」ではなく、
“自社の未来を考える問い” として受け取っていただけたら幸いです。

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