日本労働組合総連合会が2025年の春闘で賃上げの流れ定着のため、5%以上の賃上げを要求すると、本日11月28日に決定しました。特に中小企業については全体より1%上乗せした6%以上の賃上げを要求するとのことです。
長引く景気低迷を打開するため、なかなか上がらない実質賃金の底上げを図りたいという意図と考えられますが、長期間にわたり内部留保を蓄積してきた一部の大企業と異なり、現実的に中小企業には賃上げのための原資がないことが多くなっています。
では現実に中小企業が賃上げを行い、日本の99.7%を占める中小企業で働く人たちの実質賃金底上げを実現するためにはどうすればよいのでしょうか。中小企業診断士の視点から詳細に考察しました。
日々、業務に励んでくれる社員のために報いたい、その労をねぎらいたい。そんな風に考えている経営者の方は少なくないはずです。しかし、現実にそのための原資がない…そんな悩みが経営者の方を苦しめているのではないでしょうか。社員の笑顔が見たいけれど、経営者の方自身が悩んで辛い思いをしている。そんな状況を思うと心が痛みます。経営者の方のそんな悩みを少しでも解決できればと思い、この記事を書かせていただきます。
長引く実質賃金低下の背景と要因
日本の実質賃金が長期にわたり低下している背景には、複数の要因が絡み合っています。まず、経済成長の停滞が挙げられます。1990年代のバブル崩壊以降、日本経済は長期的なデフレに苦しみ、企業の収益が伸び悩んでいます。このため、企業は賃金を上げる余裕がなく、結果として実質賃金が低下しています。特に、経済成長率が低迷する中で、企業はコスト削減を優先し、賃金を抑制する傾向が強まっています。
次に、労働市場の流動性の低さも影響しています。日本の労働市場は、正社員と非正規社員の二極化が進んでおり、非正規社員の賃金は正社員に比べて低く、また昇給の機会も限られています。非正規雇用の増加は、労働者の賃金水準を全体的に押し下げる要因となっています。さらに、非正規社員は雇用の不安定さから、賃金交渉の力を持たず、結果として賃金が上がりにくい状況が続いています。
また、企業の賃金政策も重要な要因です。多くの企業がコスト削減を優先し、賃金を抑制する傾向にあります。特に中小企業は、大企業に比べて資金力が弱く、賃金を上げることが難しいため、実質賃金の低下が顕著です。中小企業庁のデータによれば、中小企業の賃金水準は大企業の約70%程度であり、賃金の格差が広がっています。このような状況が続くことで、全体的な賃金水準が押し下げられています。
内部留保面から考えた大企業と中小企業の違い
内部留保とは、企業が利益を再投資せずに蓄積した資金のことを指します。大企業は、長年の利益蓄積により、内部留保が豊富です。これにより、経済が厳しい状況でも賃上げを行う余裕があります。例えば、トヨタ自動車やソニーなどの大企業は、内部留保を活用して研究開発や設備投資を行い、競争力を維持しています。これにより、経済の変動に対しても柔軟に対応できる体制を整えています。
一方、中小企業は内部留保が少なく、資金繰りが厳しい状況が多いです。中小企業庁のデータによれば、中小企業の内部留保は大企業の約1/10程度であり、経済的な余裕がないため、賃上げを行うことが難しいのが現実です。特に、資金調達の面での制約が大きく、金融機関からの融資を受ける際にも厳しい条件が課されることが多いです。これにより、経営者は賃上げを行う余裕がなくなり、結果として従業員のモチベーションが低下するという悪循環に陥ります。
さらに、中小企業は取引先の影響を受けやすく、価格交渉力が弱いため、利益を確保するのが難しい状況です。大企業との取引においては、価格を抑えられることが多く、利益率が低下します。このような状況が続くと、賃金を上げる余裕がさらに失われ、従業員の離職率が高まることにもつながります。
日本における中小企業の立場の弱さと経営の脆弱性
中小企業は、日本経済の実に99.7%を占める重要な存在ですが、一方でその立場には弱い面があります。中小企業は、大企業に比べて資金調達が難しく、金融機関からの融資を受ける際にも厳しい条件が課されることが多いです。特に、経営者の高齢化が進んでおり、後継者不足が深刻な問題となっています。これにより、経営の継続性が脅かされ、結果として賃上げの余裕がなくなっています。
また、中小企業は人材確保の面でも苦労しています。大企業に比べて給与水準が低く、福利厚生も充実していないため、優秀な人材を引き留めることが難しいです。特に、若年層の労働者は、安定した雇用や高い給与を求めて大企業を選ぶ傾向が強く、中小企業は人材の流出に悩まされています。このような状況が続くと、企業の競争力が低下し、さらなる賃金低下を招く悪循環に陥ります。
さらに、経営者自身が多くの業務を兼任しているため、経営戦略の策定や実行に十分な時間を割けないことも問題です。経営者が日常業務に追われるあまり、長期的な視点での経営計画を立てることができず、結果として企業の成長が停滞することになります。このような経営の脆弱性が、賃上げを実現するための障壁となっています。
賃上げを行うために経営側として必要になること
中小企業が賃上げを実現するためには、経営者が以下のような取り組みを行う必要があります。
- 生産性の向上
- 業務プロセスの見直しとIT導入
- 従業員のスキルアップ
- 作業環境の改善
- 新たな収益源の確保
- 新商品・サービスの開発
- マーケティング戦略の見直し
- 顧客フィードバックの活用
- 人材育成
- 定期的な研修と資格取得支援
- 働きやすい環境の整備
- キャリアパスの明確化
生産性を向上させることは、賃上げの原資を確保するための重要な手段です。業務プロセスの見直しやIT導入による効率化を図ることで、無駄なコストを削減し、利益を増やすことができます。例えば、製造業では自動化を進めることで、作業時間を短縮し、労働生産性を向上させることが可能です。また、サービス業においても、業務のデジタル化を進めることで、顧客対応の効率を高めることができます。
さらに、従業員のスキル向上を図るための研修プログラムを導入することも重要です。従業員が新しい技術や知識を習得することで、業務の効率化が進み、結果として生産性が向上します。例えば、ITスキルやマーケティングスキルを向上させるための研修を実施することで、企業全体の競争力を高めることができます。
具体的な取り組みとしては下記があげられます。
業務フローを再評価し、ITツールを導入することで効率化を図ります。例えば、製造業においては、ロボットの導入や自動化された生産ラインの設置が考えられます。サービス業では、予約システムや顧客管理システムを導入することで、手作業を減らし、時間を節約することができます。
定期的な研修やeラーニングの導入により、従業員の技術力や知識を高めることができます。例えば、ITスキルやマーケティングスキルを向上させるための研修を行うことで、企業全体の生産性が向上し、結果として利益も増加します。
効率的な作業環境を整備することで、生産性を向上させることができます。照明の改善やエルゴノミクスに基づいた家具の導入は、作業効率を上げる手段の一つです。
新商品やサービスの開発、マーケティング戦略の見直しを行い、新たな収益源を確保することも重要です。市場のニーズを把握し、競争力のある商品を提供することで、売上を増加させることができます。例えば、地域特産品を活用した商品開発や、オンライン販売の強化などが考えられます。特に、最近ではECサイトの利用が増加しており、オンラインでの販売チャネルを拡大することが重要です。
また、顧客の声を反映させた商品開発を行うことで、顧客満足度を向上させることができます。定期的なアンケートやフィードバックを通じて、顧客のニーズを把握し、それに応じた商品やサービスを提供することが求められます。これにより、リピーターを増やし、安定した収益を確保することが可能となります。
具体的な取り組みとしては下記があげられます。
市場のニーズに応える新商品や新サービスを開発します。地域特産品を活用した商品開発や、季節限定商品などが一例です。
オンラインマーケティングの強化やSNSを活用したプロモーション活動を行うことで、新しい顧客層の獲得を目指します。また、ECサイトの運営を強化することで、オンライン販売のチャネルを拡大することが重要です。
定期的なアンケートやフィードバックを収集し、それを基に商品やサービスを改善します。これにより、顧客満足度を向上させ、リピーターを増やすことができます。
従業員のスキルアップを図ることで、業務の効率化を促進し、企業全体の生産性を向上させることができます。定期的な研修や資格取得支援を行い、従業員のモチベーションを高めることが重要です。また、従業員の意見を反映させることで、働きやすい環境を整えることも賃上げにつながります。特に、若手社員の育成に力を入れることで、将来的なリーダーを育てることができます。
さらに、従業員のキャリアパスを明確にすることで、長期的な雇用を促進することができます。昇進や昇給の基準を明確にし、従業員が自らの成長を実感できるような環境を整えることが重要です。これにより、従業員の定着率を向上させ、企業の競争力を高めることができます。
具体的な取り組みとしては下記があげられます。
専門的な研修や資格取得の支援を行い、従業員のスキルアップを図ります。これにより、業務の効率化が促進され、企業の競争力が高まります。
フレックスタイム制の導入やリモートワークの推進など、働きやすい環境を整えることで、従業員のモチベーションを高めることができます。
昇進や昇給の基準を明確にし、従業員が自らの成長を実感できるような環境を整備します。これにより、従業員の定着率を向上させ、将来的なリーダーを育成することができます。
現実的に賃上げの原資を確保するためにどうすればよいのか
中小企業が賃上げの原資を確保するためには、以下のような具体的な施策を講じる必要があります。
- コスト削減
- 助成金や補助金の活用
- 価格転嫁
無駄な経費を見直し、効率的な運営を行うことが重要です。例えば、光熱費や通信費の見直し、業務委託の見直しなどを行い、コストを削減することができます。また、在庫管理の効率化や仕入れ先の見直しも効果的です。特に、在庫管理においては、需要予測を行い、適正な在庫水準を維持することで、無駄なコストを削減することが可能です。
さらに、業務プロセスの見直しを行い、効率化を図ることも重要です。業務フローを可視化し、ボトルネックを特定することで、改善策を講じることができます。これにより、業務の効率化が進み、コスト削減につながります。
政府や地方自治体の支援制度を利用し、資金を確保することが重要です。例えば、雇用促進助成金や設備投資に対する補助金などを活用することで、賃上げの原資を確保することができます。中小企業庁や商工会議所などの情報を積極的に収集し、活用することが求められます。
また、地域の支援機関と連携し、助成金や補助金の申請を行うことも重要です。専門家のアドバイスを受けながら、適切な支援を受けることで、企業の成長を促進することができます。特に、地域の特性を活かした事業展開を行うことで、地域からの支援を受けやすくなります。
原材料費の上昇を製品価格に反映させる努力を行うことも重要です。顧客に対して価格改定の理由を説明し、理解を得ることで、価格転嫁を実現することができます。特に、品質やサービスの向上を図ることで、顧客の納得を得やすくなります。顧客との信頼関係を築くことが、価格転嫁を成功させる鍵となります。
また、競合他社の価格動向を把握し、適切な価格設定を行うことも重要です。市場調査を行い、顧客が受け入れられる価格帯を見極めることで、価格転嫁をスムーズに行うことができます。これにより、利益率を向上させ、賃上げの原資を確保することが可能となります。
厳しい経営状況を踏まえ、経営者として取り組むべき課題とは
中小企業の経営者は、厳しい経営状況を踏まえた上で、以下のような課題に取り組む必要があります。
- 経営戦略の見直し
- 従業員とのコミュニケーション
- 持続可能な経営の追求
市場環境の変化に応じた柔軟な経営戦略を策定することが重要です。競争が激化する中で、差別化戦略を採用し、独自の価値を提供することが求められます。例えば、ニッチ市場をターゲットにした商品開発や、特定の顧客層に特化したサービスを提供することで、競争優位を確立することができます。
また、業界のトレンドを把握し、迅速に対応することが必要です。市場調査を定期的に行い、顧客のニーズや競合の動向を把握することで、適切な戦略を立てることができます。これにより、企業の成長を促進することが可能となります。
賃上げの必要性や経営状況を透明にし、従業員の理解を得ることが重要です。定期的なミーティングやアンケートを通じて、従業員の意見を反映させることで、信頼関係を築くことができます。また、従業員の意見を尊重することで、モチベーションの向上にもつながります。特に、従業員が自らの意見を反映できる環境を整えることが、企業文化の向上につながります。
さらに、従業員の成果を適切に評価し、報酬に反映させることも重要です。業績に応じたインセンティブ制度を導入することで、従業員のモチベーションを高めることができます。これにより、企業全体の生産性が向上し、賃上げの実現につながります。
短期的な利益追求だけでなく、長期的な成長を見据えた経営を行うことが重要です。環境への配慮や社会的責任を果たすことで、企業のブランド価値を向上させることができます。特に、持続可能な経営を実現するためには、従業員の働きやすい環境を整えることも不可欠です。
また、地域社会との連携を強化し、地域貢献を行うことで、企業の信頼性を高めることができます。地域のイベントやボランティア活動に参加することで、企業の存在感を高めることが重要です。これにより、地域からの支持を得ることができ、企業の成長を促進することが可能となります。
中小企業としての具体的な対策
中小企業は、上記の課題を踏まえた上で、以下のような具体的な対策を講じることが重要です。
- 業務のデジタル化
- 地域連携の強化
- 従業員の意見を反映
- フレキシブルな働き方の導入
- 社会貢献活動の推進
ITツールを活用し、業務効率を向上させることが求められます。例えば、クラウドサービスを利用してデータ管理を効率化したり、業務プロセスを自動化することで、人的リソースを削減することができます。また、オンライン販売の強化やSNSを活用したマーケティングも重要です。特に、デジタルマーケティングを活用することで、ターゲット層に効果的にアプローチすることが可能です。
さらに、業務の可視化を進めることで、問題点を早期に発見し、改善策を講じることができます。業務フローを可視化し、ボトルネックを特定することで、効率化を図ることが可能です。これにより、業務の効率化が進み、コスト削減につながります。
地元の企業や団体と連携し、共同での販路開拓やコスト削減を図ることが効果的です。例えば、地域の特産品を活用した共同商品開発や、イベントを通じた地域のPR活動などが考えられます。地域のネットワークを活用することで、相互に支援し合う関係を築くことができます。
また、地域の商工会や業界団体と連携し、情報交換を行うことで、ビジネスチャンスを広げることが可能です。地域の特性を活かした事業展開を行うことで、地域からの支援を受けやすくなります。これにより、企業の成長を促進することが期待できます。
従業員からのフィードバックを受け入れ、働きやすい環境を整えることで、モチベーションを向上させることが重要です。定期的なアンケートや意見交換会を実施し、従業員の声を経営に反映させることで、企業文化の向上にもつながります。特に、従業員が自らの意見を反映できる環境を整えることが、企業の成長につながります。
さらに、従業員の成果を適切に評価し、報酬に反映させることも重要です。業績に応じたインセンティブ制度を導入することで、従業員のモチベーションを高めることができます。これにより、企業全体の生産性が向上し、賃上げの実現につながります。
テレワークやフレックスタイム制度を導入することで、従業員の働きやすさを向上させることができます。特に、育児や介護を行う従業員にとって、柔軟な働き方は重要です。これにより、従業員の定着率を向上させることが期待できます。
また、フレキシブルな働き方を導入することで、従業員のワークライフバランスを向上させることができます。これにより、従業員の満足度が向上し、企業の生産性も向上します。特に、若年層の労働者は、働きやすい環境を求めているため、フレキシブルな働き方を導入することが重要です。
地域社会への貢献を通じて、企業のブランド価値を向上させることができます。ボランティア活動や地域イベントへの参加を通じて、企業の存在感を高めることが重要です。また、社会貢献活動を通じて、従業員のモチベーションを向上させることも期待できます。特に、地域のニーズに応じた社会貢献活動を行うことで、地域からの支持を得ることができます。
さらに、社会貢献活動を通じて、企業の信頼性を高めることができます。地域社会との連携を強化し、地域貢献を行うことで、企業のブランド価値を向上させることが可能です。これにより、企業の成長を促進することが期待できます。
まとめ
中小企業が賃上げを実現するためには、経営者が積極的に取り組む必要があります。生産性の向上や新たな収益源の確保、人材育成を通じて、賃上げの原資を確保することが求められます。また、地域連携やデジタル化を進めることで、競争力を高めることができます。厳しい経営状況を踏まえた上で、持続可能な経営を追求し、従業員との信頼関係を築くことが、中小企業の成長につながるでしょう。
人材も設備も資源も、様々な面で限られた厳しい条件の中での経営を強いられている中小企業では、経営者に大きな重圧がのしかかるケースが多くなっています。業務に追われる中で新しい一手を打つのは並大抵のことではありません。しかし、だからこそ一つの対策が大きな結果につながり、競合他社との差別化が実現できる場合も少なくありません。
例えば顧客管理、営業活動といった経営の中心的活動においても、DXの取り掛かりとしての営業支援ツール(SFA)や顧客管理ツール(CRM)といった営業管理ツールを導入することで、劇的な業務効率化につながることも考えられます。いまだに紙ベースの記録、経験と勘に頼った経営を行っている中小企業も少なくないからこそ、競争力をつけるためのきっかけになるのです。
中小企業は、日本経済の根幹を支える重要な存在であり、その成長は地域経済の活性化にも寄与します。賃上げを実現するためには、経営者が戦略的に取り組むことが不可欠です。これにより、従業員のモチベーションを向上させ、企業の競争力を高めることができるでしょう。中小企業が持続的に成長し、賃上げを実現するためには、経営者のリーダーシップと従業員の協力が不可欠です。
私自身も小さな事業を営んでおり、17年目となります。経営者の一人としても、中小企業診断士としても、日本に元気な中小企業を一社でも増やしていきたいと心より願っております。本稿の内容が経営者の皆様にとって少しでもお役に立てることを祈っております。
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