
地元が誇るものと、観光客が欲しいものは同じとは限らない
地域には、その土地で長く大切にされてきたものがあります。
- 昔から受け継がれてきた郷土料理。
- 地元の職人が手間をかけてつくる工芸品。
- 地域の人なら誰もが知っている祭りや風景。
- その土地でしか採れない農産物や海産物。
どれも、地域にとっては誇るべき資源です。
だからこそ、観光振興や地域活性化を考えるとき、多くの地域ではまず、こうした資源を前面に押し出そうとします。
「これほど良いものなのだから、もっと多くの人に知ってもらいたい」
「魅力が伝われば、観光客もきっと買ってくれるはずだ」
その考え方自体は、決して間違っているわけではありません。
しかし現実には、観光客は訪れているのに、地元の商品が思うように売れない地域があります。
ここで、とあるA地域の事例を見てみます。
観光客の数は増えた。
SNSにも写真が投稿されている。
観光施設やイベントにも人が集まっている。
それでも、地域の店舗にはお金が落ちない。
特産品は手に取られても、購入にはつながらない。
一度は注目されても、継続的な売上にはならない。
このような状況になると、地域側は「魅力が十分に伝わっていないのではないか」と考えます。
そこで、パンフレットを新しくする。
商品の歴史や製法を詳しく紹介する。
ホームページやSNSで発信する回数を増やす。
補助金を活用して、広告やプロモーションを強化する。
ところが、どれだけ丁寧に説明しても、売上が大きく変わらないことがあります。
なぜなら、問題が伝え方の不足ではなく、売り手と買い手の価値基準のズレにある場合、情報を増やすだけでは解決しないからです。
地域の人が「価値がある」と感じる理由と、観光客が「買いたい」と感じる理由は、必ずしも一致しません。
地域側は、歴史の長さや製法の希少性、素材の品質、受け継がれてきた背景に価値を感じているかもしれません。
一方、観光客が求めているのは、持ち帰りやすさや誰かに渡しやすいこと、旅の思い出がよみがえること、その場でしか得られない体験かもしれません。
つまり、同じ商品を見ていても、地域と観光客では見ている部分が違うのです。
それにもかかわらず、地域の中だけで商品の価値を決め、地域の中の評価を基準に売り方を考えてしまうと、観光客のニーズは置き去りになります。
良いものをつくっている。
地域の人からも評価されている。
品質にも自信がある。
それでも売れないのであれば、商品そのものを疑う前に、誰の視点で価値を決めているのかを見直す必要があります。
地域資源を活かすとは、地元が良いと思うものを、そのまま外に向けて売ることではありません。
外から訪れる人が、どのような目的でその地域を訪れ、何に心を動かされ、どのような理由で財布を開くのか。
その意思決定を理解し、地域の資源と結び直すことが必要です。
本記事では、地元の誇りをそのまま売ろうとして成果につながらなかった地域と、観光客が買う理由から商品や体験を再設計した地域を比較します。
地域資源の価値を否定するのではなく、地域の価値を、外から来る人にとって意味のある形へ変えるためには何が必要なのかを考えていきます。
「観光客が買う理由」から再設計した地域
A地域と同じように、温泉地として一定の集客力を持ちながら、地域産品の売上に課題を抱えていたB地域もありました。
地域には長年愛されてきた特産加工品があり、品質にも自信がありました。
観光客も訪れている。
しかし、期待していたほど商品が売れない。
この状況だけを見れば、A地域とほとんど同じです。
ところがB地域は、ある時から考え方を変えました。
それは、商品の魅力をさらに伝える方法を考えるのではなく、観光客がなぜ買うのかを調べることでした。
地域の担当者や店舗経営者は、来訪者へのヒアリングやアンケートを実施しました。
そして実際に売り場での行動を観察しました。
すると、これまで見えていなかった事実が少しずつ明らかになります。
観光客は、商品の歴史や製法を否定していたわけではありません。
しかし、それ以上に別のことを重視していたのです。
例えば、
- 旅行の思い出を持ち帰りたい
- 家族や友人へのお土産にしたい
- その土地を訪れた証を残したい
- SNSや写真に残したい
- 旅の体験を誰かと共有したい
というニーズが多く見られました。
つまり観光客が購入していたのは、商品そのものではなく、旅の記憶や体験だったのです。
そこでB地域は、商品を大きく作り変えるのではなく、観光客の購買動機に合わせて再編集することにしました。
まず見直したのはサイズです。
持ち帰りやすさを考え、小分け商品を増やしました。
価格帯も調整し、「少し試してみよう」と思える商品を用意しました。
さらにパッケージも変更しました。
地域の風景や観光名所を取り入れ、旅の思い出として残したくなるデザインにしたのです。
商品説明も変わりました。
これまでは歴史や製法を中心に紹介していましたが、
「なぜこの地域で生まれたのか」
「どのような風景や文化と結び付いているのか」
といった体験やストーリーを伝える内容へと変えていきました。
その結果、少しずつ変化が現れます。
売上は着実に伸び始めました。
客単価も向上しました。
さらに、旅行後にオンラインで再購入する人や、次回の旅行で再び立ち寄る人も増えていったのです。
地域資源そのものは大きく変わっていません。
変わったのは、価値の見せ方と届け方でした。
そして何より、地域が見るべき対象を「商品」から「観光客」へ変えたことが大きな転機だったのです。
「良いものなのに、なぜ売れないんだろう」
B地域の変化の中心にいたのは、温泉街で土産店を営む二代目店主でした。
店を継いでから数年(継いだ当初から)、彼はずっと同じ悩みを抱えていました。
観光客は来ている。店の前も人通りはある。商品を手に取る人も少なくない。
それなのに、なかなか売上が伸びないのです。
店内に並んでいる商品は、どれも地元では高く評価されているものばかりでした。
昔から続く製法。厳選された原材料。地域の人々に長く愛されてきた味。
品質に対する自信もありました。
だからこそ、最初の頃はこう考えていました。
「お客さんが価値を分かっていないのではないか」
もっと説明すれば伝わるはずだ。
もっと歴史を知ってもらえれば良さが理解されるはずだ。
もっと商品の背景を丁寧に伝えれば買ってもらえるはずだ。
そう信じていました。
しかし現実は変わりませんでした。
説明を増やしても、POPを工夫しても、大きな成果にはつながらなかったのです。
そんなある日、彼は売り場でお客様の様子をじっくり観察してみることにしました。
何を見ているのか。どの商品を手に取るのか。なぜ棚に戻すのか。どのような会話をしているのか。
すると、少しずつ見えてきたことがありました。
観光客は商品の価値を否定しているわけではなかったのです。
「歴史なんて興味がない」「品質なんてどうでもいい」
そう考えているわけではありませんでした。
ただ、価値の見方が違っていたのです。
ある家族連れは、職場へ配るお土産を探していました。
ある夫婦は、旅行の記念になるものを選んでいました。
若い観光客は、写真に残したくなる商品を探していました。
つまり彼らは、地域の人と同じ基準で商品を見ていなかったのです。
地域の人が大切にしている価値と、観光客が求めている価値は完全には一致していませんでした。
そして、そのことに気づいた時、一つの問いが頭に浮かびました。
「これは誰のための商品なのだろうか?」
地域の人の誇りを伝えるための商品なのか。
作り手のこだわりを知ってもらうための商品なのか。
それとも、観光客の旅を豊かにするための商品なのか。
それまで彼は、地域の誇りをどう伝えるかばかりを考えていました。
しかし、その問いをきっかけに視点が変わります。
本当に考えるべきなのは、自分たちが何を伝えたいかではなく、観光客が何を求めているかではないか。
歴史や伝統を守ることは大切です。
地域への誇りも必要です。
しかし、それだけでは商品は選ばれません。
相手の目的や期待を理解し、その価値と地域資源を結び付けて初めて商品は意味を持ちます。
この気づき以降、彼は商品の見せ方や売り場づくりだけでなく、お客様との会話の内容まで変えていきました。
そして地域全体も少しずつ変わり始めます。
地域の誇りを捨てたわけではありません。
しかし、地域の誇りを出発点にするのではなく、顧客理解を出発点にするようになったのです。
その小さな視点の転換こそが、B地域が変わり始める最初の一歩でした。
つなぐシート(観光客理解版)|観光客の意思決定を見える化する
地域資源を整理するシートは多く存在します。
しかし、B地域が記録したのは資源そのものではありませんでした。
観光客が何を考え、何を感じ、なぜ購入したのか。
その意思決定の流れを記録するために活用したのが、つなぐシート(観光客理解版)です。
▼ シート項目(GSS構造)
| A列 | B列 | C列 | D列 | E列 | F列 | G列 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 項目 | 来訪目的 | 購入商品 | 購入理由 | 購入しなかった理由 | 誰に渡す予定か | 印象に残った体験 | 改善アイデア |
| 入力形式 | 選択+記述 | 記述 | 原文記録 | 原文記録 | 選択 | 記述 | 記述 |
| 意図 | 来訪背景把握 | 選択結果把握 | 購買動機把握 | 離脱要因把握 | 利用場面把握 | 記憶把握 | 改善仮説作成 |
▼ 記入イメージ
| 来訪目的 | 購入商品 | 購入理由 | 購入しなかった理由 | 渡す相手 | 印象に残った体験 | 改善アイデア |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 家族旅行 | 地元銘菓 | 旅先らしさを感じた | 大型商品は持ち帰りが大変 | 職場 | 地元ガイドとの会話 | 配送案内を目立たせる |
■ 記録のポイント
- 地域資源の良し悪しを評価しない
- 観光客の行動と発言をそのまま残す
- 購入理由と非購入理由を必ずセットで記録する
つまり、
「何を売ったか」ではなく「なぜ選ばれたか」を記録します。
■ このシートで見えること
- 観光客が本当に求めている価値
- 購入につながる体験
- 購入を妨げる要因
- お土産やサービスの利用シーン
- 改善すべき接点
つまり、
「地域が伝えたい価値」と「観光客が受け取っている価値」の差
が見えるようになります。
■ 学び|地域資源ではなく意思決定を見る
地域活性化では、どうしても資源そのものに目が向きがちです。
しかし、観光客は資源を買っているわけではありません。
旅の思い出や体験、自分なりの意味を買っています。
だからこそ重要なのは、地域資源を説明することではなく、観光客が選ぶ理由を理解することです。
どんな期待を持って訪れたのか。
なぜ購入したのか。
なぜ購入しなかったのか。
その記録を積み重ねることで、地域は初めて観光客の視点から自分たちの価値を見直せるようになります。
地域資源を記録するのではなく、観光客の意思決定を記録する。
ここに、選ばれる地域づくりの出発点があります。
「自社が良いと思う商品」が売れない理由
ここまで見てきた話は、観光地や地域活性化だけに当てはまるものではありません。
実は多くの企業でも、まったく同じ構造が起きています。
特に中堅企業や大企業では、自社の商品やサービスを開発する際に、社内の評価が重視されることがあります。
- 技術者が高く評価している商品。
- 開発部門が自信を持っている機能。
- 社内コンテストで表彰されたサービス。
- 経営会議でも高く評価された新商品。
こうしたものが必ずしも市場で成功するとは限りません。
むしろ、社内では絶賛されたにもかかわらず、思うように売れなかったという事例は数多く存在します。
なぜでしょうか。
その理由は、A地域が抱えていた問題と本質的には同じです。
顧客が買う理由と、企業が売りたい理由が一致していないからです。
企業側は、性能や技術力に価値を感じています。
開発にかけた苦労や工夫も理解しています。
だからこそ、その部分を強く訴求したくなります。
しかし顧客は、必ずしも同じ視点で商品を見ているわけではありません。
顧客が求めているのは、性能そのものではなく、性能によって解決される課題かもしれません。
高度な機能ではなく、使いやすさかもしれません。
業界最高水準の品質ではなく、安心して導入できることかもしれません。
つまり顧客は商品そのものを買っているのではなく、自分にとっての価値を買っているのです。
そのため、企業がどれだけ商品の良さを説明しても、顧客の意思決定と結び付いていなければ成果にはつながりません。
必要なのは、商品理解を深めることではなく、顧客理解を深めることです。
まず理解すべきなのは、顧客がどのような状況でその商品を検討しているのかということです。
- どのような悩みを抱えているのか。
- 何と比較しているのか。
- どのような不安を感じているのか。
- なぜ最終的に購入を決断するのか。
こうした背景を理解して初めて、本当に伝えるべき価値が見えてきます。
さらに重要なのは、利用文脈を理解することです。
顧客はどの場面で商品を使うのか。誰と一緒に利用するのか。どのような成果を期待しているのか。
その文脈を理解しなければ、企業が強みだと思っている部分と、顧客が評価する部分のズレは埋まりません。
そして最後に必要なのが、意思決定の理解です。
顧客は何をきっかけに興味を持ち、どの情報によって安心し、どの瞬間に購入を決断するのか。
その流れを把握できれば、商品やサービスの設計だけでなく、営業や広報のあり方も大きく変わります。
観光地が観光客の視点を理解することで売上を伸ばしたように、企業も顧客の意思決定を理解することで選ばれる確率を高めることができます。
重要なのは、良い商品をつくることを否定することではありません。
良い商品は必要です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
本当に必要なのは、顧客にとって意味のある価値として認識されることです。
つまり企業が目指すべきなのは、
「良い商品」をつくることではなく、「選ばれる商品」をつくることなのです。
地域活性化の現場で起きていた問題は、実は多くの企業が日常的に直面している経営課題そのものでもあるのです。
まとめ|地域資源が売れないのは、価値がないからではない
地域資源が売れないと聞くと、多くの人は品質や魅力の不足を想像します。
もっと良い商品を作らなければならない。
もっと特徴を出さなければならない。
もっと発信しなければならない。
しかし、本記事で見てきたように、問題は必ずしもそこにあるとは限りません。
実際には、十分な品質を持ちながら売れない地域資源は数多く存在します。
歴史もある。
地域から愛されている。
作り手の想いもある。
それでも選ばれないことがあります。
その理由は、品質が低いからではありません。
多くの場合、「誰の価値基準で見ているか」という問題なのです。
地域の人が良いと思うものと、観光客が欲しいと思うものは必ずしも同じではありません。
地域の人は歴史や伝統に価値を感じるかもしれません。
しかし観光客は、旅の思い出や贈り物としての使いやすさ、体験との結び付きに価値を感じているかもしれません。
どちらが正しいという話ではありません。
見ている景色が違うのです。
だからこそ、地域資源を活かそうとする時に必要なのは、地域の価値を一方的に伝えることではありません。
まず理解すべきなのは、外から訪れる人が何を求めているのかということです。
どのような目的で訪れるのか。
何に心を動かされるのか。
なぜ財布を開くのか。
その意思決定を理解して初めて、地域資源は本当の意味で活かされます。
言い換えれば、必要なのは地域資源を磨くこと以上に、顧客理解を深めることなのです。
これは地域活性化だけの話ではありません。
企業経営でも同じです。
自社が良いと思う商品と、顧客が欲しいと思う商品は一致しているでしょうか。
その問いを持つことが、選ばれる地域や企業への第一歩になります。
あなたの地域(会社)は、自分たちが良いと思うものを売っていますか?
それとも、顧客が欲しい理由を理解していますか?
もし後者に自信が持てないのであれば、見直すべきなのは商品ではなく、顧客を見る視点なのかもしれません。

コメント