現場に依存しない“設計図”を描けるか─混乱を経て「見える化」が意味を持った工場の話【経営プログレッション】 | ソング中小企業診断士事務所

現場に依存しない“設計図”を描けるか─混乱を経て「見える化」が意味を持った工場の話【経営プログレッション】

現場に依存しない“設計図”を描けるか──混乱を経て「見える化」が意味を持った工場の話

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※この動画は「経営プログレッション」全記事に共通して掲載しています。

あなたの会社の“最後の砦”が、ある朝いきなり現場から消えたらどうなるでしょうか。納期は守れず、クレームが増え、現場にはため息が充満する――そんな光景は決してドラマの中だけの話ではありません。中小企業の強みは「顔が見える仕事」と「柔軟な判断力」にありますが、その強みが属人化と紙一重であることを、私たちはつい見過ごしがちです。

また、組織が大きくなるほど属人化のリスクは薄まる…大企業・中堅企業の方ほど、そのように感じる傾向はありませんか?基幹システムを刷新したからうちは大丈夫、果たしてそう言い切れるのでしょうか?

本稿では、30人規模の町工場で起きた混乱と再生の物語を入り口に、「技術を誰のものにするか」という永遠のテーマを中小企業診断士の視点から掘り下げます。この内容は中小企業に限らず、全ての製造現場が内包する構造的なリスクと考えられます。

読み進めれば、いま目の前の業務に潜む“見えないリスク”と、そのリスクを裏返して成長エンジンに変えるヒントが、あなた自身の言葉で見えてくるはずです。

はじめに──“暗黙知”はどの組織でも静かに積もる

工程の進め方、微調整の勘どころ、トラブルのつぶし込み方――。こうした暗黙のノウハウは、どの業種でも“空気”のように現場を支えています。

ただし「空気」は見えません。見えないがゆえに、消えた瞬間に初めて存在の大きさがわかる

今回取り上げるのは社員 30 人前後の町工場ですが、課題の構図は中堅・大企業でも珍しくありません。たとえば――

  • 調達部門の主任だけが知る“裏ルート”の交渉術
  • 特定顧客の要望を読み切る、営業トップの社内調整術
  • IT 基盤を握るベテラン SE の「頭の中の構成図」

こうした一点依存のほころびは、規模が大きいほど表面化しづらく、気づいた頃には深刻化しています。

本ケースの前提条件の整理

項目 条件
業種 試作・小ロット中心の精密加工業
規模 社員 30 人前後(ベテラン 5、若手 20、管理部門 5)
顧客 大手メーカー複数社の下請け
強み 高難度品の短納期対応、職人の勘と経験
弱み 工程設計の言語化不足、属人スケジュール

町工場ゆえに「少品種大量生産」ではなく「多品種少量生産」が日常です。品番ごとに段取りが大きく変わり、図面だけでは工程の妙が伝わりません。

この「ややこしさ」が、属人性を温存する背景になっていました。

なぜいまこのケースを取り上げるのか

中堅・大企業がおちいりやすい“3つの錯覚”

  1. 「規模が大きいほど属人性は希薄になる」錯覚
    人が多いぶんノウハウが薄まりそうですが、実際には部署ごとに“ローカル流儀”が増殖し、むしろ可視化の手間が増えます。
  2. 「基幹システムを入れたら属人性は解消する」錯覚
    システムは現場の思考プロセスを置き換えません。入力されるデータの質が属人的なら、属人性はそのまま残ります。
  3. 「マニュアル化=単純作業化」錯覚
    文書化は“考えない人”をつくると思われがちですが、言語化が深まるほど「なぜそうするのか」が共有され、むしろ応用力が増す

こうした錯覚を壊すうえで、町工場の生々しい体験は大組織の鏡になります。

成功事例(B社)の要因と今後の課題

成功を呼び込んだ 5 つのカギ

カギ 具体行動 補足
「未来の自分が楽になる」合言葉 文書化を“自分事化” 「管理のため」ではなく「明日の時短」へ動機づけ
若手キーパーソンの抜擢 20 代 T さん中心 世代間の“翻訳者”として機能
小さく始めたスコープ設定 主力部品1ラインのみ 成果が見えやすく反発を和らげる
動画×工程図のハイブリッド 文章が苦手な職人も参加 “見るだけ”で7割理解できるフォーマット
現場と経営の定期ふり返り 月1のレビュー会 文書化→試行→改善のサイクルを共有

今後の課題

  1. 属人性の再発防止
    文書が古くなると「結局ベテランが直接教えた方が早い」に戻りがち。改訂ルールづくりが急務。
  2. 全社レベルへの横展開
    30 人規模ですら半年かかった。事業部が複数ある大企業では、横展開用の“標準テンプレート”と“推進役の指名”が欠かせません。
  3. 人事評価との連動
    形式知化に費やした時間をどう評価するか。可視化活動を“隠れ残業”にしない仕組みづくりが労務上も重要。

失敗事例(A社)の要因と、未然に防ぎ得た対策

失敗を招いた4つの要因

要因 兆候 見過ごされたポイント
キーパーソン“一点依存” 「Oさんがいれば安心」 体調不良・退職リスクの想定不足
文書化は「暇になってから」 繁忙期が続き後回し やる暇は来ない、が教訓
若手の巻き込み不足 教わる側が受け身 “後継者不在”が長年スルー
クレーム発生後の対症療法 慌ててマニュアル作成 目的が「火消し」では定着しない

防ぐために“取れたかもしれない”対策

  • 影武者プログラム
    月1日だけでもOさんの作業を若手が“鏡写し”する日を設ける。
  • 工程ウォークスルー会議
    図面を囲み、「途中で判断が分かれるポイント」を段取り表に書き込むワークショップを実施。
  • ノウハウ共有を KPI に組み込み
    「月 1 件の工程改善報告」が評価に反映されれば、自然と文書化が増える。

成功と失敗を分けたものは何か

“見える化”の3ステップが揃っていたかどうか

  ステップ1         ステップ2         ステップ3
  ─────────┬────────┬─────────
   動機の共有   →  小さな成功   →  仕組み化
 (Why)          (Try)          (System)
  1. 動機の共有(Why)
    B社は「未来の自分の時短」という現場目線のベネフィットで心を揃えた。
  2. 小さな成功(Try)
    文書化してみたら新人が 3 日で作業できた――この体感が反発を溶かした。
  3. 仕組み化(System)
    月1レビュー、動画フォーマットなど“うまく回る枠”を設けたことで持続した。

A社は「動機共有」がなく、「小さな成功」も経験できずに頓挫。
3つの歯車がそろうかが分水嶺でした。

経営者がこの題材から考えたいこと

  1. 技能ではなく「再現性」を資産として見る
    人が辞めても顧客価値が落ちない状態こそが“競争力の底力”。
  2. 「見える化」はコストか、投資か
    月 100 時間の工程を、見える化で 5 %改善できれば年間 60 時間の削減。人件費だけでなく、クレーム削減・教育時間短縮など、複数の費用を束ねて効果を測ると投資対効果が見えやすい。
  3. “形式知化ファースト”の文化を醸成する
    「共有して初めて仕事は完了」という合意を、評価制度・朝礼・会議体の言葉に落とし込む。

もし私が大企業の経営者なら──具体策 10 のチェックリスト

No 取り組み 具体的な進め方 期待できる効果
1 パイロット部署の選定 属人リスクが顕著でかつ少人数の部署を選び、部門長の合意を取得。期間と成果指標(例:マニュアル完了率 80%)を設定。 小さな成功を可視化し、他部署展開時の導入マニュアルを得られる。
2 世代横断タスクフォース 若手 1 名+ベテラン 1 名でペアを組み、週 1 回 30 分のヒアリングとドキュメント化をルーチン化。 世代間でノウハウと価値観が翻訳され、“暗黙知 → 形式知”の速度が上がる。
3 “紙1枚マップ” 工程を A3 用紙 1 枚に強制的に収め、記号は「作る・運ぶ・検査・判断」の 4 つだけに限定。 プロセス全体を俯瞰でき、冗長手順や責任の空白が一目で判明する。
4 動画マニュアル撮影会 スマホ+三脚で 3 分動画を量産。無料アプリで字幕と要点を入れ、工程別フォルダへ格納。 “見ただけで 7 割わかる”状態を作り、教育コストを圧縮。
5 ノウハウ登録日をカレンダー化 毎月最終金曜を「アップデート Day」と固定し、午前:収集、午後:登録・共有会を実施。 更新漏れを防ぎ、古い情報による失敗を回避。
6 内製 LMS(学習管理) オープンソース Moodle を導入し、動画・PDF を格納。SSO 連携で視聴履歴とテスト結果を自動記録。 誰が・いつ・何を学んだかが可視化され、教育効果と人材適性の分析が可能。
7 成功事例の社内発表会 半期ごとに 5 分×10 本のライトニングトーク。“改善前→改善後→学び”をテンプレ化し録画保存。 成功体験が社内通貨となり、発表者の承認欲求も満たされる。
8 評価指標に「共有度」導入 OKR や考課シートに「改善提案採用数」「マニュアル閲覧数」を反映し、半期ごとに公開。 ノウハウ共有が“善意”ではなく“正当な成果”となり、文化として根づく。
9 退出インタビュー制度 退職届提出後 1 か月以内に 2 時間の聞き取り。業務フロー・取引先情報・トラブル履歴をテンプレで抽出。 知識の空洞化を最小化し、離職理由のパターン分析で定着率向上にもつながる。
10 現場リーダー育成合宿 2 日間“教え方”集中研修(質問技法、分解思考、ファシリ)。合宿後 3 か月はメンターがフォロー。 「人に教えるスキル」を備えたリーダーが増え、属人的工程でも再現性が確立。

使い方のヒント

  • 上から順に実施する必要はありません。自社の文化と緊急度に合わせ、まず 1 つを徹底的にやり切ると次の施策の障壁が下がります。
  • 期待効果は定量(時間削減・事故件数)と定性(心理的安全・学習文化)の両面で測ると、投資対効果が周囲に伝わりやすくなります。

読者のあなたの職場で、何番がいちばんハードルが低そうでしょうか?
逆に「これは文化的に難しい」と感じる項目はどれでしょう?

総括――「誰もが再現できる強み」を会社の骨格に

技は人に宿ります。しかし、価値は再現されて初めて顧客に届く

町工場の小さな成功は、「規模は違っても、本質は同じ」と静かに語ります。

  • 動機をそろえ
  • 小さく試し
  • 枠組みで回す

この3ステップを回すたびに、属人の霧が晴れ、組織は自走力を増していきます。
あなたの会社でまず1歩踏み出すとしたら、どの工程、どの人物、どの会議から始めると効果が感じやすいでしょうか。

おまけコラム:現場の声を引き出す3つの質問

  1. 「もし今日突然休むとしたら、代わりに困る作業は?」
    ――“依存ポイント”があぶり出されます。
  2. 「新人に教えるとき、いちばん時間を取られるのは?」
    ――“見える化コスト”の大きさが測れます。
  3. 「再開発するとしたら、何を基準に組み立て直す?」
    ――“本質的な判断軸”が共有されます。

会議のアイスブレイク代わりに投げかけてみると、意外な盲点が見えてくるかもしれません。


最後に

経営は「誰でもできるようにする」営みではありません。
「誰もが再現できる強み」を、見える形に変える営みです。
その瞬間、属人性は“文化”へと昇華し、組織は何度でも自分を作り直せるようになります。

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