
動画で見る日常発見の窓口からの記事説明
※この動画は「日常発見の窓口から」全記事に共通して掲載しています。
先日、夕方になって洗濯物を取り込んでいたときのことです。
一枚ずつハンガーから外していくと、ほとんどの洗濯物はすっかり乾いていました。
ところが、一枚だけ手に取った瞬間、
「あれ、まだ少し湿っているな」
と気づきました。
同じ時間に干しました。
同じ場所にありました。
同じように太陽や風にも当たっていたはずです。
それでも、その一枚だけ乾ききっていませんでした。
仕方なく、それだけもう少し干しておくことにしました。
そんな何でもない出来事でしたが、
「同じ条件だから、同じ結果になるとは限らないんだな」
と、ふと思いました。
同じようにしても、同じにはならない
洗濯物には、それぞれ違いがあります。
薄いシャツもあれば、厚手のタオルもあります。
素材も違えば、大きさも違います。
風の当たり方だって、まったく同じではありません。
考えてみれば、同じ時間に干したからといって、同じ時間に乾く方が不思議なのかもしれません。
ところが私たちは、人や仕事のことになると、つい「同じ条件なら同じ結果になる」と考えてしまうことがあります。
「同じように教えたのに」
仕事の現場でも、こんな言葉を耳にすることがあります。
「みんなに同じように説明した。」
「同じ研修を受けてもらった。」
「同じだけ時間を与えた。」
それなのに、できる人とできない人がいる。
覚えるのが早い人もいれば、時間がかかる人もいる。
そこで、
「同じように教えたのだから、同じようにできるはず」
と考えてしまうことがあります。
でも、人も洗濯物と同じように、それぞれ違います。
経験も違います。
得意なことも違います。
理解するために必要な時間も違います。
同じように接することと、同じように育つことは、別なのだと思います。
同じ」は本当に公平なのか
公平というと、全員を同じように扱うことだと思いがちです。
もちろん、同じ基準を持つことが必要な場面もあります。
ただ、人を育てるということでは、少し違う見方も必要なのかもしれません。
ある人には、一度説明すれば伝わる。
別の人には、実際にやって見せた方が伝わる。
もう一人には、自分で一度やってもらった方が理解しやすい。
必要な関わり方は、人によって違います。
全員に同じものを渡すことだけが、公平とは限りません。
それぞれが力を発揮できるところまで届くようにする。
そんな公平もあるのだと思います。
遅れている一枚を責めても、乾くわけではない
あの日、まだ湿っていた洗濯物に必要だったのは、叱ることではありませんでした。
もう少しだけ、時間を置くことでした。
もちろん、仕事ではいつまでも待てるわけではありません。
期限もあります。
求めなければならない水準もあります。
だからといって、周囲と同じ速度で進んでいないことだけを見ていても、状況は変わりません。
なぜ時間がかかっているのか。
何があれば前へ進めるのか。
教え方を変えた方がいいのか。
もう少し経験が必要なのか。
そこを見ることの方が大切です。
人を育てることは、全員を同じ速度で走らせることではないのかもしれません。
一枚だけ残した洗濯物を眺めながら、そんなことを考えました。
最後の問いかけ
あなたの周りにも、
「同じようにしているのに、なぜ同じようにできないのだろう」
と感じている人はいないでしょうか。
その人には、もう少し違う風の当て方が必要なのかもしれません。

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