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報道によれば、経団連が来年の春闘に向けた基本方針の原案をまとめ、「賃上げの勢いを定着させることが企業の責務」と明記しました。
物価上昇に賃金の伸びが追いつかない現状を踏まえ、実質賃金を安定的にプラスに転じさせるよう求めています。
ただ、中小企業の現場では「賃上げの流れ」に乗ること自体が簡単ではありません。人件費上昇と価格転嫁のはざまで、経営者たちは新たな選択を迫られています。
賃上げはもはや大企業だけの話ではなく、地域経済全体の持続性を左右するテーマになりつつあります。
この記事を読むことで得られること
- 賃上げが中小企業にとって「避けられないテーマ」になっている理由が整理できます
- 賃上げを“コスト”ではなく“未来への投資”として捉える視点が得られます
- 現場で無理なく始めるための「最初の一歩」が明確になります
まず結論:賃上げは「求められているからやる」のではなく、中小企業がこれからの市場で生き残るための“再投資の入り口”です。
賃上げ定着の要請と日本経済の構造変化を読む|経団連の背景と中小企業への影響
経団連が賃上げ定着を求める背景と構造的課題
経団連が「賃上げの勢いを定着させることは企業の責務」と明記した背景には、日本経済が長く抱えてきた“構造的な課題”があります。
それは、賃金が上がらない社会構造をどう転換するかという根本問題です。
バブル後のコスト削減構造と賃金停滞の定着
日本では、1990年代のバブル崩壊以降、企業は「コスト削減による利益確保」を常態化させてきました。生産拠点を海外に移し、正社員を減らし、非正規雇用を増やす。こうして「安定して利益を出せる仕組み」は整った一方で、賃金はほとんど上がらず、国内消費が長期停滞に陥りました。結果として、物価上昇と賃金上昇が連動する“好循環”が生まれにくい体質が定着してしまったのです。
近年の環境変化と賃上げを求める理由
ところが近年、状況は大きく変わりました。
円安と資源高による物価上昇が長期化し、企業はコスト増を価格転嫁せざるを得なくなりました。同時に、人口減少によって労働力が構造的に不足し、「人件費を抑える経営」から「人材を確保する経営」へと軸足を移す必要が出てきました。
こうした環境の変化を受けて、経団連は大手企業だけでなく中小企業にも「賃上げを社会的責務として捉えるべき」と呼びかけているのです。
賃上げ定着の含意と必要な企業側の取り組み
しかし、この“賃上げの定着”という表現には、慎重に読み解くべき含意があります。
単に「給与を上げ続けよう」という話ではなく、企業が価格転嫁・生産性向上・労働構造改革を一体的に進めなければ成立しないテーマだということです。経団連も方針案の中で「サプライチェーン全体での適正な価格転嫁が不可欠」としていますが、これこそが中小企業の最大の課題と言えます。
中小企業現場の賃上げ実現の難しさ
実際、地域の中小製造業やサービス業では、取引先からの値下げ要請が続く中で、従業員の賃金を上げたい気持ちはあっても、原資を確保できないケースが多く見られます。
「賃上げ=コスト増」という単純な構図にとらわれてしまうと、結果的に経営が圧迫され、雇用維持すら難しくなる恐れがあります。
だからこそ、賃上げを単なる“義務”ではなく、「企業の構造変化を促すきっかけ」として捉え直すことが重要です。
賃上げを社会的責務とする意義と循環モデルの再構築
もう一つ、経団連の原案には“社会的な責任”という言葉が繰り返し登場します。
これは、企業が単体で生き残る時代から、「経済全体の持続性に貢献するプレイヤー」であることを求める流れでもあります。
つまり、賃上げを通じて消費を支え、社会全体の購買力を高めることが、結果的に企業の安定成長につながる──そんな“循環モデル”を再構築しようというメッセージです。
賃上げ定着の実現に必要な支援策と共助の仕組み
しかし、この理想を実現するには、実態を踏まえた支援策や制度設計が不可欠です。
中小企業は、価格転嫁の交渉力や賃上げ原資の確保という点で構造的に不利な立場にあります。国や大企業が「連携型の賃上げ支援」を具体的に設計できるかどうかが、今後の焦点となるでしょう。
賃上げは“社会的責務”であると同時に、“共助の仕組み”として成立させなければ、現場は疲弊してしまいます。
経団連の発信を時代の転換点として読む視点
経団連の発信を単なる「方針」ではなく、「時代の転換点」として読むならば、それは企業に対する“圧力”ではなく“促し”です。
日本の賃金構造を支えてきた中小企業が、ここからどう変わるか──それこそが、春闘の数字以上に問われているテーマなのです。
中小企業のジレンマを解く 賃上げできない現場の現実と対策を詳解
経団連の賃上げ定着に賛同する一方で中小企業が直面する壁
経団連が掲げる「賃上げの定着」は、理念としては多くの経営者が賛同するでしょう。
しかし実際に賃上げを“継続的に”実行するとなると、特に中小企業では高い壁が立ちはだかります。
最も大きい課題は賃上げの原資確保です
まず、最も大きいのは原資確保の問題です。
近年の物価上昇局面では、エネルギーコスト・物流費・原材料費が同時に上がり、企業の収益を圧迫しています。とりわけ製造業や飲食業、サービス業の現場では、「値上げすれば顧客が離れる」「下請けなので価格を決められない」といった事情が重なり、利益率を上げる余地が限られています。
それでも人件費を上げるとなれば、結果的にどこかで固定費削減を迫られます。つまり、“賃上げのためのコスト削減”という本末転倒な構造に陥る危険があるのです。
人材の偏在リスクと社内給与バランスの問題を整理します
また、賃上げを進める上で見過ごされがちなのが人材の偏在リスクです。
特定の人材に高い給与を提示して引き留めを図った結果、社内の給与バランスが崩れ、他の従業員の士気が下がるケースもあります。とくに小規模事業者では、組織内の関係性が密であるため、「不公平感」が経営リスクに直結します。
単なる“金額の引き上げ”ではなく、評価制度や働き方の見直しを伴う総合的な賃上げが求められますが、そこまで制度を整える余裕がないのも現実です。
価格転嫁の難しさが賃上げの実行を阻む構造的要因です
さらに、賃上げを阻むもう一つの構造的課題が、価格転嫁の難しさです。
経団連の原案でも「サプライチェーン全体で適正な価格転嫁を進める必要がある」と強調されていますが、現実には下請け企業が元請けに価格改定を申し出ること自体が難しい。
「賃上げしたい」と言えば「他の会社に変える」と言われる。
「値上げをお願いしたい」と言えば「納期を短縮できるなら考える」と返される。
このように、力関係の非対称性が根強く残る取引構造の中で、“善意だけでは進まない賃上げ”が全国で続いています。
賃上げを見送ることの中長期的リスクと悪循環の構造
とはいえ、賃上げを見送ることが中長期的に“安全策”になるわけではありません。
むしろ、賃上げできない企業は採用市場で選ばれにくくなり、人材確保が困難になります。これが人手不足→売上減→さらに賃上げができないという悪循環を生み出します。
つまり、賃上げはもはや「できる企業がやるもの」ではなく、「やらなければ市場から取り残されるテーマ」になりつつあるのです。
賃上げを投資と捉える発想転換と成功事例の可能性
こうした現状を打破するためには、発想の転換が必要です。
たとえば、「賃上げ=コスト増」という見方を、「賃上げ=投資」と捉え直すこと。
短期的な利益を圧迫しても、社員のモチベーションや生産性が上がれば、長期的には利益率が改善するケースもあります。
実際、製造現場で「技能伝承の担い手がいない」と悩んでいた企業が、給与体系を見直した結果、若手の定着率が上がり、OJTコストが減少したという事例もあります。賃上げは単なる“給与の引き上げ”ではなく、経営の再設計そのものなのです。
賃上げを一社で抱え込まない共助型の取り組みの重要性
さらに重要なのは、賃上げを「一社で抱え込まない」ことです。
地域の同業者や商工会、取引先企業との間で、共通の課題として取り組む動きが徐々に広がり始めています。共同で価格改定の要望を出したり、支援機関と連携して適正な原価計算を行ったりすることで、交渉力を補完しようとする試みです。
こうした“共助型の経営改善”は、個社単位では難しかった課題を動かすきっかけになっています。
賃上げ議論は企業構造と社会価値観を問い直す転換点です
賃上げをめぐる課題は、単に「給与を上げるか否か」ではありません。
それは、企業の構造・市場の慣行・社会の価値観すべてを問い直すテーマです。
「人を大切にする経営」という言葉が流行から理念へ、そして実務へと落とし込まれる。その転換点に、今の春闘の議論があります。
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この記事は「経営ラボ」内のコンテンツから派生したものです。
経営は、数字・現場・思想が響き合う“立体構造”で捉えることで、より本質的な理解と再現性のある改善が可能になります。
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人件費を投資と見る経営戦略|中小企業の賃上げと未来を変える視点
賃上げを企業の責務とする経団連の呼びかけと再投資の視点
賃上げを「企業の責務」とする経団連の姿勢は、見方を変えれば企業に“再投資の視点”を取り戻そうと促す呼びかけとも言えます。
なぜなら、これまでの日本の経営は、長く「人件費を抑えること=経営努力」と捉えてきたからです。
しかし、人材が減少し、価値の源泉が「モノ」から「ヒト」へと移った今、その発想のままでは持続的な成長は望めません。
中小企業現場に残る人件費削減の意識と転換の必要性
中小企業の経営現場では、「人件費は削るもの」という意識が根強く残っています。
限られた売上の中で少しでも利益を残すには、まず人件費を抑える。これが長年の“定石”でした。
ところが、いまやその定石自体が通用しなくなっています。
働き手が集まらず、採用広告を出しても応募がない。ようやく採用できても、数年以内に辞めてしまう。
こうした状況を前に、「人件費を削って利益を出す経営」から「人材に投資して利益を生む経営」へ転換する必要性が、かつてなく高まっているのです。
賃上げを前払いの投資とみなした事例と効果の実例
たとえば、ある地域の製造業では、熟練工の高齢化が進む中で、若手の採用・定着が長年の課題となっていました。
そこで経営者は思い切って基本給を引き上げ、同時に教育プログラムを整備。
初年度こそ利益率が一時的に下がりましたが、翌年には生産効率が向上し、クレーム件数も激減。結果的に利益が回復したといいます。
この経営者は、「人件費を“未来への前払い”と考えた」と語ります。
数字上は支出でも、それが次の成長を生むなら、投資と同じです。
非金銭的投資の重要性と組織文化への投資効果
もう一つ注目すべきは、非金銭的な“投資”の視点です。
賃上げはもちろん大切ですが、同時に「働きがい」「やりがい」「心理的安全性」など、組織文化への投資も欠かせません。
職場の人間関係が良く、意見を言いやすい環境が整っている企業では、離職率が低く、採用コストも抑えられます。
つまり、“人件費の裏側にある関係性コスト”をいかに下げるかが、経営の新たな焦点となりつつあるのです。
デジタル化とAI活用を賃上げを支える投資として位置づける視点
また、デジタル化やAIの活用も、賃上げを支える「もう一つの投資」です。
業務の効率化や自動化によって生産性を高め、その成果を賃上げに回す。
たとえば、日報や売上管理をスプレッドシートで自動化するだけでも、月に数十時間の工数削減につながるケースがあります。
こうした“可視化”と“省力化”の積み重ねが、賃上げの持続性を高める現実的な道筋となります。
何を投資とみなすかが中小企業の未来を左右する理由
中小企業の未来を左右するのは、「どこにコストをかけるか」ではなく、「何を投資とみなすか」です。
採用、教育、定着、効率化──そのどれもが“経営の次の一手”として連動していく。
この一連の循環を描ける企業こそ、変化の波を味方にできる存在となるでしょう。
賃上げを経営変革の入り口と捉えるメッセージ
賃上げを「社会的責務」としてだけでなく、「経営変革の入り口」として捉える。
経団連の原案が投げかけたメッセージの本質は、そこにあります。
そしてその転換の主役は、大企業ではなく、全国の中小企業です。
現場に根ざした挑戦が広がるとき、日本経済の“真の好循環”が動き始めます。
賃上げ社会へのシフトを支える中小企業支援の新たな役割と政策対応
賃上げ定着は経営努力だけでは成立しないという問題提起
「賃上げの定着」は、経営努力だけで実現できるものではありません。
それを社会全体の構造変化としてどう支えるか──ここがこれからの政策と支援の核心です。
現行制度の課題と現場が求める関係性を変える支援の必要性
政府は中小企業に対して「価格転嫁の円滑化」や「賃上げ促進税制」などを掲げていますが、現場の実感としては「制度が複雑」「申請が煩雑」「一時的で終わる」といった声が多いのが実情です。
たとえば、価格転嫁に関しては、取引適正化ガイドラインや下請Gメンなどの仕組みが整備されつつあるものの、依然として“泣き寝入り構造”は根強い。
中小企業庁や支援機関が現場に入り、企業と取引先の間に立って対話を促す仕組みを拡充するなど、「現場の関係性を変える支援」が求められています。
補助金だけでは不十分で原資を生む構造支援が不可欠である点
また、補助金や助成金による短期支援だけでは、賃上げを“定着”させることはできません。
必要なのは、「原資を生み出す構造」への支援です。
生産性向上や業務効率化を通じて、内部的に賃上げ余力を作る。そのためには、単なるIT導入ではなく、業務設計やデータ活用まで踏み込んだ支援が不可欠です。
現場のヒアリングをもとに、経営者と一緒に「見える化」や「仕組み化」を進める。そこに診断士や支援機関の真価が問われています。
地域連携による賃上げの社会的広がりを作る取り組みの重要性
さらに、賃上げの“社会的な広がり”を生むには、地域単位の連携も欠かせません。
同業者が集まり、情報共有や価格改定の足並みをそろえることで、孤立した企業の交渉力を高める。
ある地域では、商工会が中心となり「地域賃上げ推進協議会」を立ち上げ、取引先の理解を得ながら一斉に賃上げを実施する取り組みも始まっています。
このように、“一社の努力”を“地域の合意”へ変える支援が、新たな役割として浮かび上がっています。
賃上げを目的化しない支援観と幸福度経営の視点
そしてもう一つの重要な論点が、「賃上げを目的化しない」という視点です。
賃上げはあくまで手段であり、最終的な目的は「企業と従業員の双方が持続的に成長できる仕組み」をつくること。
給与を上げるだけでなく、働き方や評価制度、コミュニケーションのあり方を見直し、企業全体の幸福度を高めていく。
この「幸福度経営」こそが、今後の中小企業支援のテーマになっていくでしょう。
支援者の役割変化と人への再投資を設計する伴走支援の重要性
診断士やコンサルタントが果たすべき役割も変わりつつあります。
従来のように「数値分析」や「経営計画の作成」だけではなく、経営者が“何に投資するか”を一緒に考え、人への再投資を設計する伴走者になること。
数字を扱う専門家でありながら、人の感情や組織の温度にも目を向ける。
その両輪で支援できる専門家が、これからの“賃上げ社会”において求められていくはずです。
結び:中小企業こそが賃上げ社会を現実に変える主役である
賃上げを社会的責務として掲げる経団連のメッセージは、大企業だけに向けられたものではありません。
日本経済的土台を支える中小企業こそが、その理念を“現実”に変える主役です。
そして、私たち支援者は、その現実を支える“地図”を描く存在でありたい。
賃上げを通じて見えてくるのは、数字の話ではなく、人と組織と社会の関係そのものです。

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